新たな食料自給率目標「2035年へ」

シンガポール政府は、2035年を目標に食料自給率の新たな達成ラインを設定しました。従来掲げていた30 by 30(2030年までに自給率30%)をベースにしつつ、都市型農業の拡張、先端技術導入、海外農場との連携をさらに強化するといいます。
今回は、狭い国土が挑む新たな”生き残りの戦略”について解説します。
(引用元:Singapore drops ‘30 by 30’ farming goal, sets revised targets for fibre and protein by 2035 | The Straits Times
https://www.straitstimes.com/singapore/environment/singapores-30-by-30-farming-goal-pushed-back-to-2035-with-revised-targets-for-fibre-and-protein)
新たな食料自給率目標「2035年へ」
著者:シンガポールgramフェロー Malay Dragon
公開日:2026年 02月26日
新たな食糧戦略

国土のわずか728 km²、農地比率は1%にも満たない都市国家が、なぜここまで食料安全保障に力を入れるのでしょうか。背景には、コロナ禍を経験した供給リスクへの危機感と、地政学的な不安定さがあるからです。
ここからは、私自身が12年間生活した経験から見える現実を交えて解説していきたいと思います。
シンガポールは何の「自給」を目指すのか
政府が特に重視するのは『野菜』『卵』『魚類(特に陸上養殖)』の3分野です。
実はこれらは、同国の日々の食卓に深く結びつくカテゴリーなのです。シンガポールの人々は、野菜の種類こそ少ないものの、毎日の食事で葉物をよく食べます。ホーカーで食べるチキンライスにも必ず野菜が添えられているし、家庭料理でも青菜炒めは欠かせません。卵も同様で、コピティアムのカヤトースト+半熟卵など、生活の中心に位置していることがわかります。
つまり政府は、国民の毎日を支える食材に焦点を絞り、現実的に自給できる領域を強化しようとしているのです。
コロナ禍で鮮明になった「脆弱性」
2020年頃、シンガポールは世界で最も早く食料供給網の乱れに直面した国のひとつでした。国境封鎖、物流停滞、隣国マレーシアの物資輸出制限の可能性などが一気に表面化し、市場から卵や野菜が一時的に消えかけました。普段は合理的で落ち着いているシンガポール人が、スーパーマーケットに行列をつくり、ミルクや米を買い求める姿を見た時、輸入依存国家の脆さを実感したのです。
だからこそ、2035年の長期目標を掲げた背景には、”再び同じ状況を繰り返さないための国家戦略”という強い意思があるのです。
都市国家の「逆境を跳ね返す方法」
シンガポールが取り組むのは土地に依存しない農業です。それは、垂直農法や水耕栽培・LED制御栽培、屋上農園の制度化などが考えられています。
これらのテクノロジーは、単なる小規模な実験ではありません。農業スタートアップ企業への政府支援額は年々増えています。
海外農場
意外に知られていませんが、シンガポール政府は海外でも農業をしています。例えば中国・インド・ベトナム・オーストラリアなど複数の国で、現地企業と共同で農業プロジェクトを推進しています。目的は、輸入の多角化と供給リスクの分散です。狭い国土だけでは食料安全保障は成立しない。だからこそ国境の外に農地を持つという、ある意味シンガポールらしい発想を採っているのです
小国が世界に示す「サバイバルモデル」
30%の自給率が本当に必要か?という議論は昔からありました。地元の人は、輸入品の質にも価格にも慣れていて、都市生活者の多くは、食の国産志向はそれほど強くありません。しかし、在住者として長く生活して見えてきたのは、食料安全保障は国民感情ではなく、国家の生存戦略だということです。石油もガスも穀物もない。国境を閉じればすべてが止まってしまう。その現実を最もよく知っているのが、政府自身なのです。
だからこそ、2035年の目標設定は、地政学の時代を生き抜くためであり、政治的にも国民を安心させるメッセージとしての意味も大きいのです。
シンガポールの挑戦は単なる農業政策ではありません。不安定な世界の中で自力で生き抜くために、国家がどこまで技術と制度を作り込めるかという壮大な実験でもあるのです。





















