ウクライナ危機:ロシアからガスを輸入するドイツの危うい立場

ウクライナ情勢

ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が強まっている中で、ドイツの立場が必ずしも米国英国と一枚岩でないと話題になっている(本稿は2022年1月27日時点の状況を元に執筆)。

米国と英国はロシアのウクライナ侵攻に歯止めをかけるため、軍隊の投入を始めている。英国は対戦車ミサイルなどの武器をウクライナに空輸しているし、米国は1万名近い部隊の投入を決めた。また、万一侵攻がなされた場合の経済制裁も、前回投稿の”SWIFTからロシアの銀行を切り離す”という核爆弾級の方策など(https://global-biz.net/europe/russia/news-2022-0121/ )、かなり強力なものが議論されている。経済制裁についても英国と米国は一枚岩だ。

しかし、ドイツの立場が微妙だ。関連報道によると、ドイツは米国と英国の一枚岩とはかなり異なり、簡単に言えば、軍事的な姿勢において腰が引けていると言う。

これには、ドイツがロシアからかなり大量のガスを買っている事情がある。仮に、ロシアがドイツへのガス供給を止めると、何がどうなるのか?西側諸国がロシアに軍事的に反攻した場合、また強力な経済制裁を発動した場合、ロシアはドイツへのガス供給を止める可能性がある。ロシアは石油やガスを戦略的な武器として使うことを厭わない(前例がある)、極めて理解しがたい国だ。

ウクライナ危機:ロシアからガスを輸入するドイツの危うい立場

著者:gramマネージャー 今泉 大輔
公開日:2022年1月28日

ロシアのガス輸出はドイツ向けが断然に多い

ロシアがガスを止めると何が起こるのか?数字で確かめて行こう。

まず、世界の天然ガス生産国の生産量順位。ロシアは米国に次いで世界二位。日本が天然ガスを液化天然ガス(LNG)の形で輸入しているカタールの3倍以上の生産量がある。ロシアはこの大量のガスを以下の地図に見るような形で欧州に売っている。うち大半は、ロシア以外に代替の供給源がない天然ガスである。つまり、ドイツに限らず、ポーランド、ハンガリーなどもロシアからのガス供給が止まると、ガスがない生活をしなければならない。

ガスがない生活とは、家庭で煮炊きに使うガスやレストランなどが業務として使うガスだけでなく、硫黄酸化物などの排出量が少ない、極めて優れた発電燃料であるガスによる発電から来る電力がなくなることを意味する。これはドイツにとってはかなり致命的だ。

順位国名年間天然ガス生産量(単位:100万立方フィート)
1United States32,914,647,000
2Russia22,728,734,000
3Iran9,097,956,245
4Canada6,751,698,275
5Algeria6,491,744,560
6Qatar6,000,936,690
7Norway5,763,408,000
8China4,559,625,595
9Saudi Arabia4,231,796,450
10United Arab Emirates3,178,738,465
出典:Worldometer, Natural Gas Production by Country
https://www.worldometers.info/gas/gas-production-by-country/

ロシアから欧州に輸入される天然ガスのうち代替供給源がないもの
出典:George C. Marshall, European Center for Security Studies: Europe’s Dependence on Russian Natural Gas: Perspectives and Recommendations for a Long-term Strategy, Richard J. Anderson
https://www.marshallcenter.org/de/node/1276


ロシアでは、政府系のガス会社ガスプロムがガスを輸出している。ガスプロムのHPにどの国にどれだけガスを売っているかを示す資料が掲載されていた。ドイツ向けが突出している。

出典:Gazprom, Delivery statistics
http://www.gazpromexport.ru/en/statistics/ >

ドイツのロシアからのガス輸入量458億4,000万立方メートルがどれだけのものかを理解するために、日本のLNG輸入量7,650万トン(2019年)と単位を合わせてみよう(出典:日本ガス協会 https://www.gas.or.jp/tokucho/torihiki/ )。

日本は天然ガスを生のままパイプラインで大陸から輸入することはできないので、全量を極低温に冷却して液化した形で輸入している。カタール、インドネシア、オーストラリア、米国などに液化天然ガスの輸出基地があり、それをLNG運搬船によって日本に持ってくる。この年間の量が7,650万トン(2019年)ということだ。気体は極低温で冷却すると容積が極めて小さくなり液化する。液化することで運搬効率が増すため、そのようにしている。 日本の年間輸入量7,650万トンは、気体に直して立方メートルとして換算すると(資料:INPEX 原油・天然ガス等単位換算表 https://www.inpex.co.jp/ir/unit.html )、約1,040億立方メートルとなる。ドイツはそのほぼ半分の量の大量のガスをロシアから買っていることになる。これが止まると大変なことになる。

ドイツは天然ガスの半分をロシアから輸入している

世界各国のエネルギー消費状況、輸入状況は、米国のU.S. Energy Information Administrationのサイトに行くと比較的詳細な情報が取れる。それによると、ドイツのガス消費・輸入の概要は以下のようになっている(出典:U.S. Energy Information Administration https://www.eia.gov/international/analysis/country/DEU )。

・ドイツは欧州においてもっとも多くの天然ガスを消費しており(2019年)、1日当たり86億立方フィートのガスを使う。
・天然ガスはドイツ全体における一次エネルギー消費量の25%を占める。
・ドイツが消費する天然ガスの97%は輸入による。ロシア、オランダ、ノルウェーが最大の輸入元。しかしオランダからの輸入量は、オランダの天然ガス生産が2022年に終わることから、なくなる見通し(別資料によれば、ドイツは1,151億立方メートルのガスを輸入しており、うちロシアから555億立方メートル、ノルウェーから270億立方メートル、オランダから234億立方メートルを輸入。これら3カ国で輸入量の92%を占める。総輸入量に占めるロシアの割合は48%。 https://www.rystadenergy.com/newsevents/news/press-releases/germany-gas-demand-to-top-110-bcm-by-2034-and-nord-stream-2-is-the-cheapest-new-supply-option/ )。
・ドイツには液化天然ガスを輸入できる基地(設備)はない。しかし、欧州の他国とはガスパイプラインで接続されている。ロシアからのガス輸入は、Nord StreamとYamal-Europeのパイプラインによる。

これらのことから次のように理解できる。
ドイツの天然ガス輸入の半分はロシアから来ている。これが仮に止まれば、ドイツにはLNG輸入基地がないことから、他国のLNG輸入基地で輸入し、そこで気化させたものをパイプライン経由で自国に持ってくる必要が出てくる(LNGは極低温から常温に戻して気化させた形で、パイプライン経由で需要家まで送られる)。これはかなり難易度が高い。

プーチンの戦略的な武器、ドイツ向け天然ガス供給

ここからは推測だが、ロシアが設定している天然ガスの売りの価格は、おそらくは、他国産よりも低いだろう。これは、プーチンが戦略的にそのようにしていると推測する。なぜか?ロシアは、自国産のガス販売を、戦時においては武器として使えるように、ドイツがロシア産ガスに依存するように仕向けるからだ。戦時にこれを止めると警告すれば、依存しているドイツは身動きが取れなくなる。どういうことか?

発電ビジネスを理解している人たちの間では、エネルギー安全保障が何を意味するか常識となっている。ロシアがドイツに対するガス供給が止まれば、風が吹けば桶屋が儲かる式の事態の連鎖により、ドイツの電力価格が高騰する。ドイツはれっきとした工業国である。工業生産の多くは電力を使う。高騰した電力価格が続けば、ドイツの屋台骨である自動車生産が競争力を失い、ドイツの国力が削がれる。

プーチンはそれを狙って、ドイツ向けガス価格を安価に誘導している。これが戦略発想だ。エネルギー安全保障の裏をかくプーチンの戦略発想である。

ドイツの電力卸売価格が二倍、三倍になると何が起こるか

事実、ドイツの電力価格は昨年(2021年)だけでも、20%近い高騰を見ている(資料 https://www.cleanenergywire.org/news/german-consumers-experience-biggest-rise-ever-gas-and-power-prices-2021 )。

ドイツは総発電量の15.4%を天然ガスで発電している(資料:https://www.destatis.de/EN/Themes/Economic-Sectors-Enterprises/Energy/Production/Tables/gross-electricity-production.html )。歴史的に原子力発電への依存が大きかったが、メルケル首相時代に全廃することが決まった。また、再生可能エネルギーへの取り組みは、世界最先端と言えるもので、風力発電に注力してきた。欧州は平坦な土地に偏西風が吹くので、一年を通して安定的に風が吹く。風力発電は総発電量の20.3%を占める。

この風力発電も、最近の気候変動により風が安定的に吹かない状況が続いており、英国では風力発電の量が大きく落ちた。ドイツでも同じ状況が発生していると思われる。

こうした中でロシア産の天然ガスが止まることになれば、発電の卸売価格は一挙に高騰し、それがドイツの工場に供給される電力にも跳ね返る。昨年の英国で発生した事態から、電力小売価格(産業需要家に対するもの)が二倍、三倍になることは、実際に起こり得るということがわかる。

これらのことから、ドイツが、ロシアのウクライナ侵攻に対して、米国や英国を足並みを揃えることが難しいということがよく理解できる。プーチンがドイツ向けのガスを止めれば、ドイツの経済が大混乱するのである。

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