フィリピンの芋「ウベ」が“第二の抹茶”と呼ばれるわけ

筆者がフィリピンで暮らし始めて、もう6年以上が経ちました。こちらの生活で最初に面食らったもののひとつが、パン屋やスーパーにあふれる「紫色の食べもの」です。パンも、アイスも、ケーキも、ジュースまでもが、ぎょっとするほど鮮やかな青紫色。日本人の感覚だと「これ、食べて大丈夫…?」と一瞬ためらってしまう色合いですよね。
その正体が「ウベ(UBE)」、フィリピンで古くから親しまれてきた紫色のヤムイモ(山芋の一種)です。現地では完全に“日常の色”なのですが、ここ最近、日本やアメリカに住む友人から「ウベって知ってる?」「次の抹茶らしいよ」と立て続けに聞かれるようになりました。フィリピンの地味な芋が、世界でブームになっている——。今回はそんなウベについてご紹介します。
フィリピンの芋「ウベ」が“第二の抹茶”と呼ばれるわけ
著者:フィリピンgramフェロー たこ坊
公開日:2026年 10月05日
ウベとは
まず、ウベとは何者なのか。植物としてはヤマノイモ科ヤマノイモ属の一種で、日本では「ダイジョ(大薯)」「紅山芋」と呼ばれ、沖縄や鹿児島など暖かい地域で栽培されています。つまり日本人にとっても、まったくの新顔というわけではないのですね。
味は、ほんのり甘くてナッツのような香ばしさがあり、バニラやココナッツを思わせる風味とも形容されます。あの強烈な紫色の正体は「アントシアニン」というポリフェノールの一種で、ブルーベリーや紫キャベツにも含まれる、抗酸化作用のある色素です。合成着色料ではなく天然の色だ、という点が、後述するブームの大きな追い風になっています。
フィリピンでのウベは、とにかく安くて身近です。筆者の近所のパン屋では、ウベ味の菓子パンが1個あたり数ペソ〜十数ペソ(おおよそ十数円〜数十円)程度。国民的スイーツ「ハロハロ」(かき氷にいろいろなトッピングを乗せた冷菓)の上には、ほぼ必ずと言っていいほどウベアイスがのっています。子どものおやつから大人のデザートまで、紫はこの国の甘いものの色として完全に定着しているのです。
(引用元:ネイティブキャンプ英会話ブログ │ フィリピンでよく見かける「ウベ」って何?ウベ味のおいしいお菓子を食べてみよう!
https://nativecamp.net/blog/20250604_study_abroad_ube)
(引用元:NPO法人 DAREDEMO HERO │ フィリピンでよく見る紫色のUBE(ウベ)って何?
https://daredemohero.com/22081/)
「第二の抹茶」——世界で何が起きているのか
さて、本題です。ウベは本当に世界でブームになっているのでしょうか。結論から言えば、答えは「イエス」。しかも、その語られ方がとても興味深いのです。海外の大手メディアは、ウベをこぞって「次の抹茶(the next matcha)」と呼んでいます。
火付け役は、やはりスターバックスでした。2025年にウベ・アイス・ココナッツラテなどを期間限定で投入し、2026年春のラインナップではウベ抹茶ラテ、ウベ・バニラ・マキアートへと展開を広げています。米国のピーツ・コーヒーや英国のコスタといったチェーンも、相次いでウベ系ドリンクを発売しました。データ分析会社Datassentialによれば、米国の飲食店メニューでウベの登場は過去4年で230%増え、すでに95のチェーンで提供されており、今後4年でさらに74%伸びると予測されています。
SNSでの盛り上がりも抹茶を彷彿とさせます。TikTokでは「#ube」の投稿が12万件以上、Instagramでは75万件を超えるとされ、あの紫色がフィードを埋め尽くしています。国連食糧農業機関(FAO)のフィリピン代表は、ある会議で「ニューヨークのウベアイス、ロンドンのウベケーキ、東京のウベラテ。これは驚くべきサクセスストーリーだ」と述べたほどです。化粧品ブランドのHuda Beautyがウベ着想のコスメを世界展開するなど、もはや食の枠を超えて“紫”が広がっています。
抹茶とウベは、不思議なほど経歴が似ています。どちらも、それぞれの母国(抹茶は日本、ウベはフィリピン)でニッチな伝統食材だったものが、写真映えと健康イメージを武器に世界トレンドへと駆け上がった——という構図です。フィリピンの「紫」が、日本の「緑」をなぞるように世界へ出ていく。現地に暮らす身としては、なんとも感慨深い光景です。
もっとも、この「なぞる」という見立てには、冷静な但し書きも必要でしょう。抹茶には数百年におよぶ茶道の文脈と、産地・等級という厳格な格付けが、参入障壁として積み上がってきました。一方のウベは、もともと風味が穏やかで、極端に言えば「紫の色さえ付けば、それらしく見えてしまう」素材です。模倣のハードルが低いぶん、ブームが「色の流行」のまま消費され尽くしてしまう可能性も、否定はできません。ウベが抹茶級の「長く根を張る定番」に育つかどうかは、本物の味と文化的背景をどれだけ守れるかにかかっている——ここは楽観しすぎないほうがよさそうです。
(引用元:CNBC │ Purple ube’s viral rise is turning a Filipino staple into a global trend — but supplies are tightening
https://www.cnbc.com/2026/04/26/ube-purple-yam-viral-trend-philippines-supply-crunch.html)
(引用元:CNN │ Ube is enjoying a purple reign in the US. That’s causing problems in the Philippines
https://www.cnn.com/travel/ube-purple-yam-philippines-trend-spc)
(引用元:FoodNavigator │ The next matcha? Ube surges in popularity
https://www.foodnavigator.com/Article/2026/04/23/ube-the-next-matcha/)
数字で見る「紫の金」

ブームの実態を、経営者目線の数字で確認してみましょう。
フィリピンのウベ輸出は近年、急拡大しています。フィリピン貿易産業省(DTI)が大手メディアに示したデータによると、2025年の輸出は約170万kg、金額にして約306万〜320万ドル(為替を1ドル=約162円とすると、およそ5.0億〜5.2億円。2026年6月時点)に達し、前年(2024年)から約20.4%増えました。輸出のうち半分近くはアメリカ向けで、その他に中東、英国、イタリアなどが主要な仕向け先となっています。海外メディアがウベを「パープル・ゴールド(紫の金)」と呼ぶのも頷けます。
ここで一点、ビジネス上きわめて重要な前提を押さえておきます。生のウベは水分が多く傷みやすいため、国境を越えて流通するのは、その大半が粉末・エキス・冷凍ペーストといった加工品です。上記の輸出額もウベおよびウベ加工品の数字であり、生芋がそのまま海を渡っているわけではありません。この加工して運ぶという構造こそが、次章で述べる品質のばらつき——そして日本企業の勝ち筋——に深く関わってきます。
ただし、ここで冷静になりたいのが規模感です。比較対象の抹茶はどうか。調査会社Grand View Researchの推計では、世界の抹茶市場は2025年時点で約51億ドル(約8,200億円)規模とされ、調査会社によって幅はあるものの数十億ドル単位の巨大市場です。一方のウベ輸出はまだ数百万ドル規模。つまりウベは、抹茶のように伸びると期待されてはいるものの、市場の絶対額では足元にも及ばず、伸びしろがそっくり残っている段階だ、と捉えるのが正確でしょう。
成長率の見立ても、抹茶との近さで語られます。調査会社Transparency Market Researchによれば、ウベの市場は2025年から2035年にかけて年平均6.9%で成長すると予測され、これは抹茶(同社予測で年平均7.8%)に近い水準です。爆発的というより、抹茶のように長く根を張る定番へ育つ可能性が意識されているわけです。
(引用元:CNN │ Ube is enjoying a purple reign in the US. That’s causing problems in the Philippines
https://www.cnn.com/travel/ube-purple-yam-philippines-trend-spc)
(引用元:Gulf News │ Ube vs Matcha: How the purple yam is taking over global café menus
https://gulfnews.com/food/matchas-successor-ube-gains-ground-across-global-menus-1.500523518)
(引用元:Grand View Research │ Matcha Market Size, Share And Growth Report, 2026-2033
https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/matcha-market)
(引用元:FoodNavigator │ The next matcha? Ube surges in popularity
https://www.foodnavigator.com/Article/2026/04/23/ube-the-next-matcha/)
ブームの影——供給が追いつかず、「ニセ紫」も横行
順風満帆に見えるウベですが、産地の足元では深刻な“ねじれ”が起きています。これは進出を考える日本企業こそ知っておくべき点です。
ひとつは、供給不足です。フィリピン統計庁(PSA)のデータをもとにした報道によれば、国内の紫芋(ウベ)生産量は2021年の1万トン台半ば(出典により約1万4,000〜1万5,000トンと幅があります)から2025年には約1万2,500トンへと、年々減少しています。需要が世界で急増しているのに、供給はむしろ細っているのです。背景には、植え付けから収穫まで8〜10か月かかること、栽培の多くを小規模農家が担っていること、そして気候変動による天候不順や良質な種芋の不足があります。フィリピンが自国の需要を賄うためにベトナムからウベを輸入している、という報道まで出てきました。生産コストは2019年比でおよそ倍に上がったとされ、ブームの恩恵が必ずしも農家に行き渡っていない構図も指摘されています。
もうひとつ、ビジネス上きわめて重要なのが「本物のウベ問題」です。ウベの風味はもともと穏やかで主張が強くありません。裏を返せば、紫色さえ付けばそれっぽく見えてしまう。そのため海外では、本物のウベの代わりに、ウベエキス、安価な紫サツマイモ、あるいは単なる紫の着色料で代用された”ウベ風”商品が少なくない、と複数のメディアやフィリピン系の作り手が警鐘を鳴らしています。「ウベはただの可愛い紫色ではなく、フィリピン文化と切り離せないものだ」という声も上がっており、“色だけのブーム”への違和感が現地・在外フィリピン人の間で広がっているのです。
供給は細り、ニセモノが出回る——。一見ネガティブなこの状況こそ、裏返せば「本物を安定して供給できる者」に大きな商機があることを意味します。
(引用元:CNBC │ Purple ube’s viral rise is turning a Filipino staple into a global trend — but supplies are tightening
https://www.cnbc.com/2026/04/26/ube-purple-yam-viral-trend-philippines-supply-crunch.html)
(引用元:Food Ingredients First │ “Purple gold” into profit: Navigating ube’s soaring demand and supply gaps
https://www.foodingredientsfirst.com/news/ube-purple-yam-trends-global-demand.html)
日本のビジネスへの示唆——「抹茶を世界に出した国」だからこそ

ここまでを踏まえ、日本の経営者・ビジネスパーソンにとっての示唆を整理します。筆者が思うに、日本企業はこのブームに対して、他国にはない“二重の優位”を持っています。
第一に、日本は抹茶という同じ物語をすでに自分たちの手で成功させた国です。ニッチな伝統食材を、品質・等級・本物志向で世界の定番にまで育てた経験とノウハウがあります。ウベがこれから直面する「ニセモノとの差別化」「等級づくり」「文脈ごと売る(単なる色ではなく文化として伝える)」という課題は、まさに日本が抹茶で通ってきた道です。この“予習済み”の感覚は、進出を考える上で大きな武器になります。
第二に、日本国内にもウベの近縁種「ダイジョ(紅山芋)」が沖縄や鹿児島で栽培されています。生産規模は現状ごく小さく、そのままで世界の需要に応えられるものではありませんが、「国産・本物のウベ系素材」という打ち出しには、海外で供給が逼迫しニセ紫が問題になっている今だからこその訴求力があります。沖縄では紫芋・ウベ系のアイスや菓子が土産物として根づいており、素材になじみのある下地は十分です。カフェやスイーツ業界にとっては、抹茶に続く“紫の定番”を、健康イメージと写真映えを兼ね備えた素材として早めにメニュー化する好機と言えるでしょう。
具体的に動くなら、二つの方向が考えられます。ひとつは供給の下流の日本のカフェチェーンや製菓・コンビニが、本物のウベを使ったラテ・スイーツを“色だけでない味”で展開すること。韓国のコンビニ(CU、GS25など)ではすでにウベ商品が並び始めており、アジアでの広がりは目前です。もうひとつは上流ですが、狙うべきは生のウベの調達ではありません。先に述べたとおり、海を渡るのは粉末・エキス・冷凍ペーストであり、しかもその品質はばらついています。だからこそ、日本が抹茶の粉末化・等級づけで磨いてきた加工・品質管理の技術を、ボホール島(ウベ栽培の名産地)のような産地や、バギオ(ウベジャムなど加工で知られる)のような加工地と組み合わせ、“本物を、安定した品質で供給する”仕組みをつくる余地があります。供給網が未整備な今だからこそ、入り込む隙間があるのです。
なお、フィリピンへの進出や現地調達には外資規制・農産物の輸出入規制が関わります。実際に検討あする際は、フィリピン投資委員会(BOI)や貿易産業省(DTI)など公的機関の最新情報を必ずご確認ください。
(引用元:ネイティブキャンプ英会話ブログ │ フィリピンでよく見かける「ウベ」って何?ウベ味のおいしいお菓子を食べてみよう!
https://nativecamp.net/blog/20250604_study_abroad_ube)
(引用元:macaroni │ 抹茶の次は「ウベ」!世界でブームが加速する紫スイーツが日本でもトレンドになる予感
https://macaro-ni.jp/176481)
まとめ
「フィリピンのウベが、抹茶のように世界でブームになっている」という噂は、確かに本当でした。スターバックスをはじめとする世界的チェーンがこぞって採用し、SNSでは紫のドリンクがあふれ、輸出は前年比2割増。大手メディアは口をそろえて「次の抹茶」と呼んでいます。一方で、産地では供給が細り、味より色を優先した“ニセ紫”が広がるという影もまた、はっきりと見えてきました。
筆者が現地で感じるのは、このブームがまだ「色のブーム」の段階にとどまっているということです。だからこそ、本物の味と文化をていねいに届けられる作り手にこそ、次の主役の座が回ってくるのではないでしょうか。抹茶という同じ物語を世界で成功させ、しかも国内に紅山芋という素材まで持つ日本は、その役回りにこのうえなくふさわしい立ち位置にいます。世界が緑から紫へと視線を移しつつある今、日本のビジネスのヒントとして、ぜひ「ウベ」という一語を頭の片隅に置いていただけましたら幸いです。






















