静かな革命 ―シンガポールのEV事情―

12年間暮らしたシンガポールを久しぶりに訪れると、街の風景は以前と変わらず整然としています。しかし、道を走る車の顔ぶれが少し変わってきています。BYDのロゴを見かける頻度が確実に増えているのです。
今回は、シンガポールのEVの最新状況についてお伝えします。
(引用元:2025年の新車登録台数、BYDが前年比80.6%増の1万1,184台で首位(シンガポール) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ
https://www.jetro.go.jp/biznews/2026/01/04cfe5f07aca4d16.html)
静かな革命 ―シンガポールのEV事情―
著者:シンガポールgramフェロー Malay Dragon
公開日:2026年 05月25日
新車の約半数がEVという現実

2025年通年でシンガポールに新規登録された乗用車5万2,678台のうち、EVが約45%を占めました。2023年は18%、2024年は34%だったことを考えると、その伸びは驚異的です。わずか2年で、EVは珍しい車からごく普通の選択肢に変わったという印象を受けます。
この急伸を牽引しているのが中国メーカーの攻勢で、2025年の新規登録台数でBYDが1万1,184台(前年比80.6%増)で首位に立ち、2位トヨタ(7,466台)、3位BMW(5,091台)と続きます。かつてシンガポールの道はトヨタとホンダで溢れていました。EVという新しい土俵の上では、その景色が変わりつつあるのを実感します。
充電インフラの「差」
シンガポールのもうひとつの強みは、充電インフラの整備スピードです。国内には現在2万5,000基以上の充電ポイントが設置されており、その約半数が公共利用可能です。政府は2030年までに6万基の設置を目指しています。
マレーシアが2025年末時点で5,600ヶ所強にとどまっていることと比べると、面積の差を差し引いても、その密度は段違いです。国土が狭く、集合住宅(コンドミニアムやHDB)に住む人が多いシンガポールでは、自宅での充電環境が整いやすいという地理的な有利さもあります。私がシンガポールに住んでいた頃も、コンドミニアムには共用設備が行き届いていました。あの細やかなインフラ整備への意識は、EV時代になっても変わっていないようです。
制度設計の巧みさ
シンガポール政府の政策はアメとムチの使い方が実に巧みです。EV購入者には最大4万シンガポールドル(約460万円)の税控除が与えられる一方、排出ガス性能の悪いエンジン車には最大2万ドルの課徴金が科されれます。買いたくなる仕組みと、乗り続けにくくなる仕組みを同時に動かしているのです。
ただしこの優遇措置も永続するわけではなく、2026年1月からは優遇額が1万Sドル減の3万Sドルに縮小されました。マレーシアと同様、制度の後押しが終わった後が、本当の問いになってくるでしょう。
日本車の反撃はあるか
気になるのは日本メーカーの動向です。トヨタ、ホンダ、マツダがそれぞれ2026年からEVの本格展開を計画しており、モーターショーでも新型EVを相次いで展示していました。ただ遅れてきた感は否めません。シンガポール在住の日本人と話していたとき、「私の周りの日本人、まだエンジン車に乗っている人が多いんですよ」とぽつりと言っていました。信頼性とアフターサービスで長年築いてきたブランド力をどう活かすか。日本メーカーにとって、ここが正念場だと思います。
シンガポールに住んでいた頃、私は配送車で通勤していました。車を所有することの高いハードルを肌で知っています。COE(車両所有権証書)だけで100万円を超えることも珍しくないあの街で、それでもEVを選ぶ人が急増しています。価格ではなく未来への意識が、人々の選択を動かしているのかもしれません。
制度と意識が変える実験都市
シンガポールのEV普及は、政府の巧みな制度設計と整備されたインフラ、そして市民の環境意識が三位一体となって進んでいるという印象です。新車の約半数がEVという数字は、もはや政策目標ではなく現実なのです。隣国マレーシアとは普及のステージが異なりますが、この小さな都市国家の実験が、東南アジア全体のEV普及の行方を示す羅針盤になりそうです。実験国家シンガポールの面目躍如となるでしょう。




















