中国ではなぜ「作り込まれた広告」が効きにくくなったのか

上海で生活していると、ここ数年で情報の受け止められ方が大きく変化していることを実感する。
中国に来た当初、鏡に汚れが付いたまま服を紹介するアパレルのレビューや、使い倒したメイク道具を撮影した化粧品のレビューを見て、「なぜこんな写真を投稿するのだろう」と驚いたことがある。
しかし、一人の消費者として商品を探すようになると、その印象は変わった。広告のように美しく作り込まれたコンテンツよりも、スマートフォンで撮影したような自然な投稿や生活感のあるレビューの方が、実際の使用イメージを想像しやすく、かえって参考になると感じる場面が増えた。
もちろん、生活感があるからといって、その情報が必ず正しいとは限らない。また、企業が制作する広告の価値がなくなったわけでもない。ブランド認知や世界観を伝えるうえでは、質の高いクリエイティブは依然として重要な役割を果たしている。
それでも中国では、最終的な購買判断において、企業が発信する情報だけでなく、ユーザー同士の体験談や口コミが大きな影響力を持つ市場へと変化しつつある。
中国ではなぜ「作り込まれた広告」が効きにくくなったのか
著者:上海gramフェロー 米久 熊代
公開日:2026年10月02日
- 中国ではなぜ「作り込まれた広告」が効きにくくなったのか
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すでにUGCを前提とした市場構造

中国では情報との向き合い方そのものが変化している。
その背景として近年語られているのが「反精緻化(過度に作り込まれた表現よりも、自然さや生活感を重視する傾向)」という潮流である。
この流れは単なるコンテンツ表現の流行ではなく、消費文化そのものの再編としても観察されている。
実際、中国メディアでは、抖音・小红书における“反精致”コンテンツの拡大が取り上げられており、素朴な日常動画や加工の少ない投稿が、むしろ共感や信頼を獲得する要因になっていると指摘されている。
(出典:中国メディア「抖音、小红书“反精致”崛起,为何粗糙真实更得人心?」
https://www.woshipm.com/it/6180020.html)
そこでは、完成された映像よりも不完全なリアルが支持される。一方で、実際にはその“リアルさ”自体が編集・設計された価値になっている点も重要だとされる。
また、同じく中国メディアでは、囲炉煮茶や中式点心といった“中式下午茶”の流行についても、「反精致化の象徴的現象」として分析されている。
(出典:「围炉煮茶、中式点心这类下午茶走红,是否反映了‘反精致化’趋势?」
https://cj.sina.com.cn/articles/view/7879922980/1d5ae152406801fvcm?froms=ggmp)
ここで興味深いのは、これらの体験が単なる素朴回帰ではなく、炭火・土器・中式空間といった要素を組み合わせた再構築された生活美学として消費されている点である。
つまり中国では、「リアルな生活」そのものがそのまま存在しているのではなく、リアルに見えるよう設計された体験として流通している側面がある。
企業が一方的に情報を届ける市場というより、ユーザー同士の情報をもとに選ぶ市場へと変化しているのである。
*UGC(User Generated Content):SNSなどでユーザーが自ら制作・投稿し共有するコンテンツ
「完成度」から「リアルさ」へ評価基準が変化

こうした環境の中で、情報の評価基準にも変化が起きている。
以前は、
・高画質な写真
・洗練された構図
・プロが制作した広告表現
といった完成度の高さが信頼につながりやすかった。
一方で現在は、
・生活感のある投稿
・過度に加工されていない写真
・良い点と悪い点が併記されたレビュー
の方が、実際の使用感が想像しやすいと選ばれる傾向が強まっている。
ただし重要なのは、「粗さ=信頼」ではないという点である。
むしろ前述の“反精致化”の文脈に見られるように、リアルさは自然発生的なものというより、ある種の文化的フォーマットとして再設計されたものになりつつある。
なぜ整いすぎた情報は疑われるのか

こうした変化の背景にはいくつかの要因がある。
第一に、広告やレビューが日常的に大量に流通する中で、消費者側の情報リテラシーが高まったことがある。広告的表現を見抜く力が一般化し、整いすぎた情報への警戒心が強まっている。
第二に、高品質な広告表現そのものが一般化し、ビジュアルの完成度だけでは差別化できなくなったことがある。その結果、実際の利用シーンや率直な感想がより重視されるようになっている。
第三に、ステルスマーケティングやフェイクレビューの経験を通じて、「公式情報=信頼」という前提が弱まったことも大きい。現在は複数のユーザー評価の一致性が、信頼判断の基準になっている。
その結果、整いすぎた情報は「広告的すぎる」と見なされやすくなり、多少粗くても生活者視点が感じられる情報の方が信頼を得やすい構造が生まれている。
日本との違い

日本でもUGCの影響力は高まっているが、依然として丁寧に設計された広告やブランドの世界観が信頼形成に寄与する場面は多いと感じる。
一方で中国では、「広告が作るブランドイメージ」と「UGCが作る実体験」がより明確に分離し、役割分担が進んでいる。
広告は認知や価値観の提示を担い、最終的な信頼形成はユーザー間の情報が補完する。この構造の比重は日本よりも大きいと言える。
ビジネスへの影響

この変化はマーケティングの前提を変えつつある。
重要なのは商品を美しく見せることではなく、
・実際の使用体験
・日常の中で自然に使われる状況
・ユーザーが自発的に発信したくなる設計
をどう作るかである。
企業に求められるのは広告制作力だけではなく、自然に語られる状態を設計する力へと移行している。
リアルはすでに設計されている(反精緻化=新しい演出)
中国で起きている変化は、単なるコンテンツトレンドではない。
情報の信頼基準そのものが変化しつつある現象と捉えられる。
ただしそれは広告の終焉を意味するものではなく、役割の再編に近い。広告はブランドの世界観や価値観を提示し、UGCや口コミが生活者の実体験としてそれを補完する。この分業構造は、むしろより明確になってきている。
そして重要なのは、リアルさそのものもまた、すでに一定程度“設計可能なもの”になっているという点である。生活者が自然に語りたくなる体験や、あえて語られやすい余白をどう設計するかが、今後の競争力を左右していくだろう。





















