シンガポール人はなぜジョホールバルで食べるのか

2025年、シンガポール人のジョホールバル(以下、JB)における飲食支出が前年比40%増を記録したというニュースがありました。単なる統計として読み流すには大きすぎる数字です。その背景には、シンガポール国内の物価上昇と、両国間の陸路移動の活発化があります。週末や祝日ともなればコーズウェイを渡る車の列は延々と続きます。人々の目的の多くは、食事、マッサージ、そして買い物です。
今回は、そんなシンガポール人の消費行動について紹介します。
(引用元:Singaporeans spent 40% more on dining in JB last year – Singapore News
https://theindependent.sg/singaporeans-spending-at-restaurants-in-johor-bahru-increased-by-40-and-spending-on-korean-style-cosmetic-procedures-increased-by-nearly-90-by-the-end-of-the-year/)
シンガポール人はなぜジョホールバルで食べるのか
著者:シンガポールgramフェロー Malay Dragon
公開日:2026年 06月29日
「シンガポール隣のJB」という日常

シンガポールとジョホールバルの距離は、橋ひとつぶん。かつてこの橋を渡るのはマレーシア人労働者の通勤が中心でしたが、今では逆方向の流れも明らかに太くなっています。
JBの飲食店では、週末になると客席のかなりの割合をシンガポール人が占める光景が珍しくありません。シンガポールの名物料理である海南チキンライスをシンガポールの半値以下で食べられ、フカヒレスープも2,000円台で注文できます。こうした価格差は、コーズウェイを渡る手間を十分に補って余りあります。
シンガポールで閉まる店、JBで賑わう食卓
対照的なのが、シンガポール国内の飲食事情です。
2024年には、実に3,047店の飲食店が閉店し、過去20年で最多を記録しました。原材料費、人件費、家賃という”三重苦”に苦しむシンガポールの飲食業界は、客足のJBへの流出も加わり、厳しい局面が続いています。消費者は合理的です。
同じ料理であれば、当然ながら安い方へ向かいます。海峡のこちら側とあちら側で、明暗が分かれているのが現状なのです。
30年アジアで暮らして思うこと
私がシンガポールで暮らしていた頃、JBへ週末に足を運ぶのは、少し余裕のある週末の過ごし方でした。あるいは、ビザが取れる前に滞在期間がなくなったため、徒歩であの国境の橋を渡り、JBでスタンプを押してシンガポールに戻るということを繰り返していました。
ただ、あの頃から変わらないのは「海を渡ると、なぜか空腹になる」という感覚です。違うのは、当時よりシンガポールの物価がはるかに高くなり、JBの飲食がより洗練され、シンガポール人の”越境グルメ”がライフスタイルとして定着しつつある点です。
2025年1月には、ジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)の設置協定も正式に締結されました。両国の結びつきは、食の面でもさらに深まっていくことは間違いありません。
韓国エステと肉骨茶の不思議な共存
今回の調査で興味深いのは、飲食と並んで韓国風美容施術への支出も急増している点です。JBのショッピングモールには、チャイナタウンのような食堂街と韓国系エステが隣り合って入居しています。週末に、ニョニャ料理を堪能してからフェイシャルを受け、荷物を抱えてコーズウェイを渡る——そんなそのちぐはぐさが、いかにもJBらしい光景です。
「食べに行く」の先にあるもの
40%という数字は、単なる節約行動の結果ではないと私は思います。物価差がきっかけだとしても、人はそれだけで毎週末、わざわざあの混雑した橋を渡りはしないでしょう。
JBには、シンガポールでは失われつつある「ゆるさ」があります。席が広く、時間を急かされず、店主と目が合えば笑いかけてくれる。マレーシアに移り住んで15年、私はその空気を毎日当たり前のものとして吸っています。
シンガポール人がJBに向かう足取りの中に、食欲だけでなく、もう少し柔らかい何かへの渇望が混じっているように思えてならないのです。






















