中国で広がる「回復消費」癒しは“つくる”から“差し込む”へ

「中国向けビジネス」と聞くと、家電や化粧品、食品といった“売れ筋商材”を思い浮かべる企業は多いのではないだろうか。しかし現地で生活していると、”日本製だから売れる”というシンプルな構図は、すでに過去のものになりつつあると感じる。
その一方で、ここ数年で確実に存在感を増しているのが、睡眠やストレスケア、日常の快適さに関わる消費である。近年、中国では「悦己消費(自分のために気分を満たす消費)」という概念が広がっている。コスメや推し活、フィギュア収集など幅広い領域を含むが、本稿で注目したいのはその中でも、疲労やストレスの“回復”を目的とした消費である。
単に気分を上げるのではなく、「短時間で整える・回復する」ための支出、いわば“回復消費”と呼べる領域が拡大している。
中国で広がる「回復消費」癒しは“つくる”から“差し込む”へ
著者:上海gramフェロー 米久 熊代
公開日:2026年06月24日
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数字で見る「回復消費」の拡大
こうした傾向はデータからも明確に読み取れる。
近年中国では、自分を喜ばせる「悦己消費」の広がりとともに、消費において機能的な価値だけでなく、感情的な満足度(情绪価値)を重視する傾向が強まっている。
「情绪経済」の市場規模は2024年に約2.31兆元、2029年には4.5兆元規模まで拡大すると見込まれている。
(出典:新华网
https://www.news.cn/20260129/15e839ac9a164113872d7b93e1e45b9f/c.html)
特に睡眠やストレスケアといった“回復”領域は、日常生活に密着した分野として成長が顕著だ。
中国の睡眠産業はすでに4000億元を超え、2030年には1万億元規模に達する見込みとされる。また、中国人の平均睡眠時間は減少傾向にあり、6時間未満の人の割合も高いなど、睡眠不足が社会問題化している。
こうした背景から、企業はハード商品だけでなく、
●睡眠アプリ
●オンライン診療
●スマート寝具
●音楽・瞑想コンテンツ
などサービス領域にも参入し、若者を中心に「質の良い睡眠」への支出意欲が高まっている。
一方で、効果が不明確な商品や誇大広告といった課題も指摘されており、業界の標準化や規制整備の必要性も高まっている。
出典:新华网
https://www.news.cn/fortune/20241115/306472356f084a3f814f0d8b6916d9d4/c.html)
背景にあるのは「回復したいが時間がない」生活

この“回復消費”の拡大を理解するうえで重要なのは、文化の違い以上に生活の構造である。
中国国家統計局によると、都市部就業者の週間労働時間は2024〜2025年時点でも49時間前後で推移しており、長時間労働の傾向が続いている。加えて、36Krの報道では年間労働時間は約2450時間とされ、主要国と比較しても高い水準にある。
(出典:36Kr Japan
https://36kr.jp/304834/)
実際に上海で生活していると、夜遅くまで働くビジネスパーソンや、勉強で帰宅が遅くなる学生の姿は珍しくない。放課後の公園では外国人の子どもたちが遊んでいる様子は見られるものの、中国人の子どもは少なく、勉強に多くの時間を費やしているためだという。宿題を終えてから外に出るため、日が暮れてから遊ぶ姿が目立つ。
このように、子どもから大人まで日常的に時間の余裕が限られている環境では、しっかり休む時間を確保すること自体が難しい。
そのため、週末の商業施設ではカフェやマッサージ店が混み合っているが、それは余暇を楽しむというよりも、「短時間で回復したい」というニーズの表れのように感じる。
つまり、中国都市部の特に若年層の間では「休む時間をつくる」のではなく、「限られた時間の中で効率よく回復する」ことが重視される傾向にある。
日本と中国の違いは「時間設計」にある

ここで、日本との違いが見えてくる。
日本には比較的、時間をかけて整える生活文化が根付いている。
●湯船につかる入浴習慣
●控えめな香りの美意識
●文房具や手帳で気持ちを整える習慣
●季節感や余白を楽しむ暮らし
といった、「時間をかけて整える前提の生活設計」がある。
一方、中国ではシャワー文化が中心であり、都市部では時間効率が強く求められるため、入浴のように時間をかけて整える習慣は一般的とは言いにくい。
しかし、日本の入浴剤を使った中国人の友人(30代女性)からは、「旅行先で使って忘れられなかった」「中国にはない種類の良い香りだった」「香りが強すぎず心地よかった」といった声を聞くことがある。
つまり、“時間をかける前提の習慣”は定着していなくても、体験としての価値は十分に受け入れられている。
また近年、都市部の若年層を中心に「香る=清潔」「良い香り=生活の質が高い」といった認識は広がりつつある。一方で、地下鉄やオフィスといった密閉空間では「香りが強すぎるとつらい」といった意見も少なくない。
このように中国では価値観が“分かりやすい強さ”から“持続できる快適さ”にシフトしている。
すでに競争は激しいという現実―日本企業と中国ブランドの位置づけ

この分野には日本企業も参入している。
花王の「めぐりズム」は蒸気アイマスクとして中国でも認知されており、短時間で目元を温める“リセット習慣”として受け入れられている。無印良品もアロマや生活雑貨を通じて「整うライフスタイル」を提案し、安定した人気を持つ。
ただし、実際のEC(天猫・京東)を見ると、売り場の主役は中国ブランドである。
特に、
●睡眠グッズ(枕・アイマスク)
●国産アロマ・フレグランス
●ストレス解消雑貨
といった領域では、
●価格競争力
●商品開発のスピード
●SNS(小紅書・抖音)での拡散力
を武器に、中国企業が強い存在感を示している。
つまり、日本企業は「良い商品」で評価されることはあっても、市場全体では競争を前提に戦う必要があるポジションにある。
日本企業に残された余地―「回復の設計力」
では、日本企業に可能性があるとすればどこか。
鍵となるのは、“整える時間”ではなく“回復の仕組み”を設計できるかである。
中国では「癒しの時間をつくる」のではなく、日常の中に“回復を差し込む”設計が求められている。
具体的には以下の視点が重要になる。
① 短時間・即効性
5〜15分で効果を感じられる設計。就寝前や移動中など、隙間時間に対応できること。
② “ながら回復”
動画視聴やスマートフォン操作と両立でき、使用中に行動を制限しないこと。
③ 場所非依存
外出先や職場でも使え、人前でも違和感のない設計であること。
④ 過剰にならない快適さ
強すぎない香りや刺激設計により、高密度な環境でも受け入れられること。
⑤ ハード+体験の統合
商品単体ではなく、「どの場面でどう回復するか」という体験まで含めて設計すること。
重要なのは、製品のスペックではなく、「使ったときにどれだけ楽になるか」を具体的に設計できるかである。
まとめ
中国では今後、機能だけでなく感情的な満足度に基づく消費がさらに広がっていく。その流れの中で、回復を目的とした消費は「悦己消費」の中核領域として拡大していくと考えられる。
ただし、それは単純に癒し商品を投入すればよいという話ではない。
●現地の生活リズムに適合しているか
●短時間で回復できるか
●過剰にならない快適さか
こうした観点での再設計が不可欠である。
現地で生活していると、中国ではすでに「モノの質」だけでなく、どれだけ短時間で回復できるかが価値基準になり始めていると感じる。
日本企業にとって重要なのは、自国で培ってきた“整える発想”を、中国の生活に合わせて回復の設計へと翻訳できるかどうかだろう。





















