国境が「消える」日も間近か

半島の南の端、ジョホールバルとシンガポールをつなぐコーズウェイ。
あの渋滞の橋を、私は数えきれないほど渡ってきました。トラックの列に挟まれイミグレーションの窓口が開くのをじりじりと待った朝も、一度や二度ではありません。その景色が、いま大きく変わろうとしています。
今回は、歴史的な日が近づいてきた、マレーシアのジョホール州とシンガポールとの国境について詳しくお伝えします。
(引用元:Govt committed to JS-SEZ, achieves RM76.98bil in approved investments in 2025 | New Straits Times
https://www.nst.com.my/news/nation/2026/07/1478953/govt-committed-js-sez-achieves-rm7698bil-approved-investments-2025)

国境が「消える」日も間近か
著者:マレーシアgramフェロー Malay Dragon
公開日:2026年 10月30日
ジョホール・シンガポール経済特区

きっかけは、2025年1月に両国が正式に署名したジョホール・シンガポール経済特区、通称JS-SEZです。シンガポールの資本と国際的な結びつき、ジョホールの広い土地と手頃なコスト。この2つをひとつの経済圏として束ねようという、東南アジアでも例のない試みです。対象となる区域は南部ジョホール一帯に広がり、製造や物流、金融、医療といった10以上の分野が優先産業に挙げられています。
数字が語りはじめた「本気度」
正直なところ、最初にこの構想を聞いた時は、また具体性のない話が出てきたなくらいに受け止めていました。マレーシアに15年以上暮らしていると、大きな計画がそのまま立ち消えになる場面も何度か見てきましたから。
ところが、今回は様子が違います。2025年にジョホール州が承認した投資額は過去最高の1,100億リンギット(約4兆3,900億円)に達し、2026年第1四半期だけでもJS-SEZ関連で54億9,000万リンギット(約2,190億円)が加算されました。1月から5月までに投資誘致の窓口が扱った問い合わせは285件で、その潜在的な投資額は741億リンギット(約2兆9,600億円)規模だといいます。マレーシア経済相は、当初5年で20,000人としていた高技能雇用の目標を「3年で達成できる」とまで言い切りました。
今回は青写真で終わらせないという意気込みが、少しずつ現実の輪郭を帯びてきているのを感じます。
6分で対岸へ
暮らしの実感に一番近いのは、やはり交通です。ジョホールバルのブキッ・チャガーとシンガポールのウッドランズを結ぶRTSリンク、いわゆる高速鉄道路線が、2026年12月の開業に向けて工事の9割を終えました。所要時間は、なんと片道6分。1時間あたり片道10,000人を運ぶ計画で、開業後は1日平均40,000人の利用が見込まれています。
あの渋滞を知る者からすると、これは大きな革命です。私自身、シンガポールで12年を過ごした後にマレーシアへ移りましたが、2つの国は近いようでいて、コーズウェイという細い管でかろうじてつながっている、そんな感覚がずっとありました。QRコードによる出入国審査も導入が進み、パスポートを開かずに国境を越える日常がすでに訪れていますが、さらに通関手続きも簡素化され、以前は2つ必要だった積み替え許可がひとつで済むようになります。
税と人材、そして課題
企業を呼び込む仕掛けも具体的です。特区内の対象事業には最長15年、5%という破格の法人税率が用意され、高度人材には10年間15%の個人所得税率が適用されます。マレーシアの標準税率が24%、個人が最大30%であることを思えば、その思い切りようがわかります。
ただ、私は楽観視一辺倒にはなれません。誘致した投資を、どれだけ実際に動く事業と雇用に変えられるか。人材育成や電力、通関のすり合わせといった地道な調整が追いつくのか。マスタープランの正式なお披露目も、当初の3月末から2026年第4四半期へと先延ばしになりました。華やかな数字の裏で、こうした足元の課題は決して小さくないのです。少なくとも、この2国ではそれが顕著です。
大きな前進
それでもこの地に長く暮らしてきたひとりとして、私はこの変化を前向きに見ています。国境が「消える」わけではありません。けれど、その厚みが確実に薄くなっていくのを日々実感しています。2つの国のあいだで働き、学び、暮らす人が増えていく。その入り口に、私たちはいま立っているのだと思います。あの渋滞の橋の記憶を、いつか懐かしく語る日が来るのかもしれませんね。


















