中国で売る前に知っておきたい 「持たなくても生活が回る社会」のリアル 

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筆者は上海に来てから、ずっと違和感として残っていることがある。

それは、「モノを持たなくても生活が回る」という感覚だ。

単なる便利さというより、都市の前提そのものが変わっているように見える。

中国で売る前に知っておきたい 「持たなくても生活が回る社会」のリアル 

   著者:上海gramフェロー 米久 熊代
公開日:2026年08月17日

モバイルバッテリーを持たない人たち

(写真:上海市にある飲食店に設置されているモバイルバッテリー貸出サービス)

日本では外出時にモバイルバッテリーを持ち歩く人は多い。

しかし上海では、モバイルバッテリーを持っていない人も少なくない。特に1〜2時間程度の外出であれば、レンタル充電器を利用する人が多いようだ。

実際、筆者は日本のコンビニでモバイルバッテリーを借りようとした際、アプリの登録や手続きに手間取り、思った以上に苦戦した。

中国ではアプリを数回タップするだけで簡単に借りられ、駅や商業施設、飲食店など、街中の至る所にレンタル充電器が設置されている。

中国のモバイルバッテリーシェアリングサービス事業は、全国民の約2人に1人が利用していると言われている。一方、日本は約35人に1人が利用している。

(出典:株式会社アイフィスジャパン【PDF】
https://kabuyoho-sls-disclose.ifis.co.jp/08a/140120241230546108.pdf

料金も1時間3元前後(約60円)と比較的安価で、日常に深く根付いた世界最大級のシェアリング市場だ。

ただ、一方で、モバイルバッテリーのような小さな持ち物については、若い世代ほど自分で持ち歩く人も多い印象だ。料金自体はそれほど高くないものの、長時間利用する場合や会社・公共施設などで自由に充電できる環境もあるため、「わざわざ借りるのはもったいない」と考える人も一定数いるようだ。

スマートフォンが生活インフラとなっている中国では、モバイルバッテリーそのものを持つことよりも、「必要なときにすぐ借りられること」の方が重要になっているようだ。

ここで起きているのは、モノを持つ安心ではなく「必要なときに利用できる安心」への変化だ。

移動はすでに“所有”ではない

(写真:上海市内で撮影。日常の移動手段として定着しているシェアサイクルを利用して通勤する人々。)

上海での移動も日本とは異なる。

配車サービスのDidi(滴滴出行)はすでに都市移動の主要手段の一つとなっており、通常のタクシーよりもライドシェアの方が社会に広く定着している。

TBS NEWS DIGによると、DiDi(滴滴出行)は中国全土の9割以上の都市で利用されており1日当たりの利用者数は約2,600万人に達している。

こうした配車サービスの普及を背景に、北京や広州など一部の都市ではロボタクシー(自動運転タクシー)の実用化も進んでいる。

また、地下鉄網の整備が進む一方で、その”最後の1〜2キロ”を補っているのがシェア自転車だ。

Hello Bikeや美団系のシェア自転車は広く普及しており、利用者は数億人規模とされている。

平日の朝に街を歩いていると、青色や黄色のレンタル自転車で通勤する人を非常によく見かける。

むしろ、自分の自転車に乗っている人の方が少ないのではないかと感じる。

かつて自転車は所有するものだったが、今では必要なときだけ借りるものになっている。

その結果、自家用車だけでなく、自転車すら持たない移動スタイルが成立している。

上海で生活していると、移動そのものが一つのサービスになっているようだ。

食料は“在庫するもの”から“呼ぶもの”へ

(写真:上海市にある小区の宅配BOX。)

中国のデリバリー市場は、美団や饿了么を中心に、年間約1兆4,000億元(約33兆円)規模に成長した。

(出典:ChosunBiz
https://biz.chosun.com/jp/jp-international/2026/06/02/B7X4VMNNYZDATGUCTB2ULL7LRM/

食品だけでなく、日用品、薬、軽食なども対象となっており、水1本からでもスマホで注文すれば最短15分ほどで届くケースもある。配達料が無料になることも珍しくなく、場合によっては店頭で買うより安くなることもある。

そのため、家に大量のストックを持っておく必要性は以前よりも弱くなっているようだ。

必要なときに呼ぶという発想が、そのまま日常に溶け込んでいる。

所有して安心する時代から、必要なときに使える安心へ

中国で生活していると、安心の形そのものが変わっているようだ。

かつては、

・モバイルバッテリーを持っている
・車を持っている
・食料を備蓄している

といった”所有”が安心につながっていた。

しかし今は、

・いつでも借りられる
・いつでも呼べる
・いつでも届く

という状態そのものが安心になりつつある。

もちろん、人々がモノを所有しなくなったわけではない。

ただ、安心の源泉が”持っていること”から”必要なときに利用できること”へ移りつつあるようだ。

なぜこの構造が成立したのか

(写真:蘇州市内の無人コンビニにて撮影。中国では、「Alipay(支付宝)」と「WeChat Pay(微信支付)」の2大サービスが、キャッシュレス決済の主流として社会に広く浸透している。)

こうした仕組みは、単にシェアリングサービスが流行した結果ではない。

中国では、この構造を支える複数の条件が同時に整ったことで、”持たなくても生活できる社会”が成立したと考えられる。

まず大きいのは、スマートフォンを中心とした生活インフラの普及だ。

中国では支付宝(Alipay)と微信支付(WeChat Pay)が日常生活に深く浸透しており、買い物、移動、飲食、公共料金の支払いまで、生活の大半をスマートフォン上で完結できる。サービスごとに現金やカードを使い分ける必要がなく、”借りる””呼ぶ””注文する”という行為のハードルが極めて低い。

次に、中国特有の高密度な都市構造がある。

例えば上海市の常住人口は約2,400万人に達する。人口が一定エリアに集中しているため、シェア自転車やレンタル充電器、即時配送サービスなどを高い稼働率で運営しやすい。サービス事業者にとっても設備投資を回収しやすく、利用者にとっても”近くにあるのが当たり前”の状態が生まれる。

さらに、中国では長年にわたりプラットフォーム企業による大規模な投資競争が行われてきた。

美団、滴滴出行(DiDi)、アリババ、テンセントなどは、利用者獲得のために巨額の補助金を投じながら市場を拡大してきた。その過程で、配車サービスやシェア自転車、デリバリーサービスが急速に普及し、”まず使ってみる”という消費者行動が広がった。

加えて、中国では膨大な労働供給もサービス網を支えている。

都市部には地方から流入した少しでも多く稼ぎたい出稼ぎ労働者が数多く存在し、配達員やドライバーとして働いている。こうした人材が配送網や移動サービスを支えることで、数十分単位で商品やサービスを届ける仕組みが成立している。

つまり、中国で起きている変化は単なるシェアリングブームではない。

スマートフォン、モバイル決済、高密度都市、巨大プラットフォーム、豊富な労働供給という複数の要素が組み合わさった結果として、”所有しなくても必要な時に利用できる社会”が形づくられているのである。

だからこそ、中国ではモノそのものの価値だけでなく、”必要な瞬間に利用できるかどうか”が消費者にとって重要な判断基準になっているようだ。

日本企業は「持たなくても成立する中国社会」でどう戦うのか

(写真:上海市内にある無印良品にて撮影)

こうした環境では、”何を売るか”よりも”どのサービスの流れの中に入るか”が重要になっているようだ。

実際、日本企業の中にも、この変化に対応しようとする動きが見られる。

例えば無印良品やファミリーマートは、中国で美団の即時配送サービスと連携し、食品や日用品、生活雑貨を最短15分程度で届ける仕組みを導入している。店舗で商品を販売するだけでなく、”必要になったらすぐ届く”という中国の生活導線の中に入り込もうとしているのである。

これは単なる販路拡大ではない。

中国では、消費者が商品を探しに行くのではなく、必要になった瞬間にアプリを開いて注文する行動が定着している。そのため、店舗で待つのではなく、既存のサービス導線の中に商品を配置する方が顧客との接点を作りやすい。

モバイルバッテリーのシェアリング、自転車のシェアリング、即時配送の普及によって、中国では”所有”よりも”利用可能性”が重視される場面が増えている。

その中では、何を売るか”だけでなく、どの生活導線に乗せるかが競争力の一部になっているようだ。

まとめ

上海で生活していると、中国は単に”モノを持たない社会”というより、”持たなくても生活が回る前提が整った社会”に近いように感じる。

モバイルバッテリーも、移動も、食事も、それぞれが単体のモノとして存在しているのではなく、アプリやサービスを通じて必要なときにすぐ使える形で生活の中に組み込まれている。

そしてその結果として見えてくるのは、何を売るか以前に、どんな生活前提の中で使われているのかを理解しないと、そもそも評価すらずれるということだ。

流行している商品の調査は重要である。一方で、トレンドの変化が極めて速い中国市場においては、ローカライズ施策を検討する前に、まず現地の人々にとっての”当たり前”が日本とどのように異なるのかを高い解像度で理解することが重要であり、それこそが市場理解の出発点になる。

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