在フィリピン邦人の胃袋を支える日本食店「一本槍」

マニラ首都圏の外れ、ルソン島南部の地方都市には、広大な工業団地がいくつも現れます。日系企業の工場が集まり、平日の昼どきになると作業着姿の日本人がぞろぞろと出てくる光景は、ここがフィリピンであることを一瞬忘れさせてくれます。
そんな彼らが向かう先のひとつに、「一本槍」という日本食レストランがあります。筆者も以前、サンタローサのお店に足を運んでみたのですが、ランチタイムは作業着の日本人と地元のフィリピン人で満席。注文した生姜焼き定食をかき込む駐在員の姿に、「ああ、日本の定食屋そのものだな」と妙に親近感を覚えたのでした。
このお店、ただの現地の日本食屋さんではありません。創業はなんと1996年。30年近くにわたってフィリピンで生き残り、いまや同国を代表する日本食チェーンのひとつにまで成長しています。今回はこの「一本槍」の歩みと戦略、そしてフィリピンで拡大する日本食市場の可能性についてご紹介しながら、日本のビジネスパーソンが学べるヒントを探っていきたいと思います。
在フィリピン邦人の胃袋を支える日本食店「一本槍」
著者:フィリピンgramフェロー たこ坊
公開日:2026年 09月24日
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「一本槍」とは
一本槍の最大の特徴は、その圧倒的なメニュー数です。寿司や刺身、定食、ラーメン、丼もの、さらには居酒屋メニューまで、その数なんと約300品目。同社は「毎日通える日本食を」というコンセプトを掲げており、たまの贅沢ではなく”日々の食事の選択肢”になることを目指しているそうです。確かにこれだけ揃っていれば、毎日通っても飽きないというのは納得です。
ただ、ここはフィリピン。300品目あるとはいえ、筆者がメニューを眺めて「これにしようかな」と思ったものほど、店員さんから笑顔で「Not Available sir(売り切れです)」と返ってくるのはもはやお約束。それでも気を取り直して頼んだラーメンは、日本の味そのままとはいかないまでも、海外の工場街で食べると思えば十分にありがたい一杯でした。ちなみに筆者のお気に入りは、フィリピンのライム「カラマンシー」を使ったカラマンシーサワー。野菜不足になりがちな海外生活のビタミン補給にちょうどよい一杯です。
現在、一本槍はラグナ・サンタロサ、バタンガス・リマ工業地帯、高級住宅地アラバンなどに店舗を構えています。各店舗は席数も多く座敷もあるため、大人数での昼食や宴会にも対応できる、まさに「工場で働く日本人の胃袋を支える店」として根を張ってきたことがうかがえます。
(引用元:フィリピンプライマー │ ビジネス烈伝 一本槍/Ipponyari Japanese Restaurant Mikuriya Foods Corporation CEO 袋 旬 氏
https://primer.ph/column/genre/business/business-interview-vol204/)
(引用元:フィリピンプライマー │ Ipponyari Japanese Restaurant 一本槍【アラバンの日本食】
https://primer.ph/eat/genre/japanese/ipponyari-japanese-restaurant-alabang/)
「需要はあるのに供給がない」を突いた30年
一本槍の歴史は、なかなかドラマチックです。同社CEOの袋旬(ふくろ・じゅん)氏がインタビューで語ったところによれば、創業者である氏の父親は、日本で塾を経営していましたが、それを辞めてフィリピンへ移住しました。当時のフィリピンには日本食レストランがほとんどなく、「自分で作るしかない」と一念発起して開業したものの、飲食業の経験はゼロ。創業当初はメニューが10品以下という、まさに手探りのスタートだったといいます。
転機は「市場の発見」でした。1996年にマカティ・セントラルスクエア近くで開業した当初は、マカティ在住の日本人がメイン顧客でした。ところが営業を続けるうちに、「日本人の多くは実はマニラ南部の工場に勤務しているのではないか」という新たな市場が見えてきたのです。当時、ラグナやバタンガスといった工業地域には日本食の需要があったにもかかわらずそれに応える供給がほとんどありませんでした。ここに同社は勝機を見出しました。
そこから一本槍は、1998年にマニラ南部初となるサンタロサ店を皮切りに、99年カビテ店、02年FPIP店、04年ロザリオ店、11年リマ店と、工業地帯を中心に着実に店舗網を広げていきました。一方で、出発点だったマカティ店は2003年に撤退。契約上のトラブルやスカイウェイ建設による環境変化を背景に、先代は「このタイミングで南部へ完全にシフトしよう」と決断したそうです。都心の一等地に固執せず、自社の強みが最も活きる場所へ思い切って軸足を移す。結果としてこの判断が、その後の成長を支えることになりました。
需要はあるのに供給がない場所を見つけ、そこに資源を集中する。その発想自体はシンプルですが、競合がひしめく都心ではなく、地味でも確かなニーズのある工場街を選んだ嗅覚こそが、一本槍の原点なのだと感じます。
(引用元:フィリピンプライマー │ ビジネス烈伝 一本槍/Ipponyari Japanese Restaurant Mikuriya Foods Corporation CEO 袋 旬 氏
https://primer.ph/column/genre/business/business-interview-vol204/)
同じ看板で”別の市場”へ
工場街で地盤を固めた一本槍ですが、近年は新たな挑戦に踏み出しています。
2022年、約10年ぶりの新規出店として、高級住宅地アラバンの「アラバン・ウェストパレード」に出店しました。袋氏によれば、アラバン店ではそれまでの店舗と客層がまったく異なり、来店客の約9割をフィリピン人が占めたとのことです。「日本人駐在員の胃袋を支える店」から、「裕福なフィリピン人が楽しむ日本食」へと広がったわけです。
さらに同社は、フィリピンを代表する高級商業施設「三越BGC」への出店を発表し、現地でも大きな話題を呼んでいました。袋氏によれば、確保したスペースは約450平方メートルと十分な広さで、日本人駐在員と富裕層のフィリピン人が集まるエリアであることが決め手になったとのことです。
この出店先である三越BGCは、三越伊勢丹ホールディングスと野村不動産、現地大手フェデラルランドによる複合開発の一環として、2023年7月にグランドオープンした東南アジア初の「三越」ブランド商業施設です。約120のテナントを擁する大型施設で、開業時には近隣の世帯月収15万〜20万ペソ(約39万〜52万円)という富裕層をメインターゲットに据えていました。工場街の作業着のランチから、こうした富裕層エリアへ一本槍が描く市場の幅の広さには驚かされます。
ターゲットが変われば、求められる価格帯も体験価値も変わります。同じ「日本食」という商材でも、誰に売るかで戦い方はまったく別物になる。一本槍の歩みは、その当たり前で奥深い真実を体現しているように感じます。
(引用元:フィリピンプライマー │ ビジネス烈伝 一本槍/Ipponyari Japanese Restaurant Mikuriya Foods Corporation CEO 袋 旬 氏
https://primer.ph/column/genre/business/business-interview-vol204/)
(引用元:株式会社三越伊勢丹ホールディングス(PR TIMES) │ マニラでの住・商複合開発における商業施設『MITSUKOSHI BGC』にて2023年7月21日(金)グランドオープニングセレモニーを開催
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002541.000008372.html)
(引用元:フォーランドリアルティネットワーク │ 「三越BGC」が18日に開業、開店前から350人が列
https://www.foreland-realty.com/?p=1216866)
価格から読む競争力

一本槍の強みを語るとき、価格帯の話は外せません。筆者が実際に確認したアラバン店のメニューを見ると、ラーメン類は1杯350〜440ペソ(約910〜1,140円)、とんかつ300ペソ(約780円)、カツカレー430ペソ(約1,120円)、サーモン刺身(8切れ)370ペソ(約960円)といった水準です。日替わり定食もあり、1食あたり300〜450ペソ程度で、ご飯や小鉢がついてくるため、コストパフォーマンスは高いと感じます。
これがどれほど”お得”かは、競合と比べると一目瞭然です。フィリピンで人気の日本発ラーメンチェーン「ラーメン凪(Ramen Nagi)」のスタンダードラーメン(豚王キング)は1杯588ペソ(約1,530円)で、一本槍の主力ラーメンより約40〜70%高い設定です。フィリピンの本格日本食レストランにおけるラーメン相場は概ね400〜600ペソとされており、一本槍はその下限に位置する、”手頃な本格和食”という独自のポジションを確立しています。
さらに上を見れば、マニラ都心の高級ホテル内レストランやプレミアム和食店では、1人あたり1,500〜2,500円以上の予算が必要なケースも珍しくありません。一本槍は「高級和食ほど手が届かないが、毎日通えるくらい親しみやすい」というミドルゾーンをしっかり押さえているわけです。
注目すべきは、この価格水準を維持しながらメニュー数が約300品目と幅広い点です。ラーメン専門店や寿司専門店は単価が高くなる傾向がありますが、一本槍は総合定食屋スタイルを保つことで、素材コストを分散しながら価格競争力を確保しています。また、2,000ペソ(約5,200円)以上の注文でデリバリー無料という施策も打ち出しており、工場の法人需要の取り込みにも目を向けています。「毎日通える日本食を」というコンセプトを、価格の面でも文字どおり体現しているのが一本槍の強みと言えるでしょう。
(引用元:Booky.ph │ Ipponyari Alabang West Parade Menu
https://booky.ph/biz/ipponyari-alabang-west-parade/menu/)
(引用元:phmenu.net │ Ramen Nagi Philippines Menu Prices Updated 2026
https://phmenu.net/ramen-nagi-philippines-menu/)
(引用元:ネイティブキャンプ英会話ブログ │ フィリピンの人気ラーメン18選!人気店からインスタントまで紹介
https://nativecamp.net/blog/20250509_study_abroad_ramen)
フィリピンの日本食市場
一本槍がここまで成長できた背景には、フィリピンという市場そのものの追い風があります。
まず、フィリピンは人口約1億1,000万人、平均年齢は25歳前後という、きわめて若い国です。1人当たりGDPは約4,800ドル(2024年IMF推定)とASEAN中位ながら、都市部を中心に中間層が拡大しています。家族単位での外食文化が根強く、外食頻度が高いのも特徴です。
外食市場の規模も巨大です。商業調査機関Mordor Intelligenceの推計によれば、フィリピンの外食産業の市場規模は2025年に約184億ドル(約26兆8,000億円)、2026年には約210億ドルへと拡大する見込みで、2026〜2031年の年平均成長率は14%超と予測されています。東南アジアの多くの国を上回る成長ペースです。
その中で日本食は「おしゃれ外食」として人気を獲得しつつあります。世界全体で見ると、海外の日本食レストラン数は農林水産省・外務省の2025年調査で約18万1,000店。前回2023年調査からの減少は主に中国での経済停滞の影響によるもので、東南アジアは依然として有望な市場として注目されています。近年フィリピンでは焼肉チェーンやラーメン専門店など日本の人気業態の進出が相次いでおり、日本食への関心の高まりは一本槍のような老舗にとっても追い風となっています。
(引用元:海外進出サポートメディア(gf-support.com) │ フィリピン飲食市場を徹底解説|エリアごとの成功ポイントとは?
https://gf-support.com/media/global/philippines)
(引用元:GII(グローバルインフォメーション) │ フィリピン外食産業市場 | 業界シェア 市場規模 成長性 2026 – 2031年(Mordor Intelligence調査)
https://www.gii.co.jp/report/moi1910517-philippines-foodservice-market-share-analysis.html)
(引用元:農林水産省 │ 海外における日本食レストラン数の調査結果(令和7年)の公表について
https://www.maff.go.jp/j/press/yusyutu_kokusai/kaitaku/251128.html)
まとめ
工場街の作業着ランチから富裕層エリアまで、30年かけて市場を広げてきた一本槍の歩みには、フィリピン進出を考える方へのヒントが凝縮されています。
まず根本にあるのは、「需要はあるのに供給がない」場所を見つけることの重要さです。競合がひしめく都心ではなく、地味でも確実なニーズが眠る工業地帯に目をつけた創業者の嗅覚は、市場参入の王道と言えます。次いで、同じ「日本食」という商材を扱いながらも、誰に売るかでまったく戦い方を変えてきた柔軟さも見逃せません。日本人駐在員向けの定食屋からフィリピン富裕層向けの日本食まで、市場のセグメントごとに価格・体験・立地を設計し直す姿勢は、業種を問わず応用できる視点ではないでしょうか。
人材面では、袋氏が「学歴や経歴を問わず意欲ある人にチャンスを与える」方針と、「ファミリーファースト(家族第一)」というフィリピン人の価値観を尊重する経営を重視していると語っており、海外人材の活用を考える企業にとって参考になります。また、フィリピンでは飲食業への外資参入は原則100%認められているものの、出資比率や事業規模によって最低資本金の要件が定められるなど制度面の確認が必要です。要件は改正されることもあるため、進出の際はフィリピン投資委員会(BOI)や証券取引委員会(SEC)の最新ガイドラインを必ずご参照ください。
成長を続けるフィリピンの外食市場には、まだまだ「供給が追いついていない」余地が残されています。一本槍の30年の歩みが、皆さまのフィリピンビジネスのヒントとして少しでもご参考になれば幸いです。






















