24年ぶりの決勝、そして惜敗 ―― バドミントンの話題

5月31日の夜。私はいつものように、寝る前にスマホでニュースを眺めていました。
そこに飛び込んできたのが、”ロー・キンユー、24年ぶりの決勝へ”という文字です。バドミントンの聖地、シンガポール・インドアスタジアム。地元の英雄が、ホームの大会でついに決勝の舞台に立ちました。
マレーシアやシンガポールではバドミントンが国民的スポーツで、これまでに何人もの英雄が生まれています。今回は、シンガポールのバドミントン熱をお伝えします。
(引用元:News | BWF World Tour
https://bwfworldtour.bwfbadminton.com/news-single/2026/05/31/singapore-open-one-triumph-from-immortality)
24年ぶりの決勝、そして惜敗 ―― バドミントンの話題
著者:シンガポールgramフェロー Malay Dragon
公開日:2026年 08月21日
国が一つになった

私はシンガポールに12年暮らしました。狭い国土に多様な民族が肩を寄せ合って生きるあの島国では、1人の選手の勝利が、ふだんは別々に暮らす人々を、一瞬で同じ方向へ向かせます。私が現地にいた頃も、そういう”国がひとつになる夜”を何度か目にしました。だからこそ、ホームの大会という舞台の重みが、私にはよくわかるのです。
「24年ぶり」という重み
ロー選手は、シンガポール男子シングルスとして、2002年のロナルド・スシロ氏以来、実に24年ぶりに決勝へ進んだ選手です。
この”24年”という数字が、ずしりと響きます。優勝にいたっては、さらに古く、1962年のウィー・チュンセン氏以来、地元出身の王者は出ていないのです。世代がいくつも入れ替わるあいだ、シンガポールの人々はずっと、自国の選手が頂点に立つ日を待ち続けてきました。
準決勝での、しびれる逆転
決勝までの道のりも、見ごたえがありました。
準決勝の相手は、日本の渡辺航貴選手。第1ゲームを21対15で先取したものの、第2ゲームを15対21で落とし、勝負は最終ゲームへ。ここでローは21対9と一気に突き放しました。会場を埋めた観客の歓声が、画面越しにも伝わってくるようでした。2021年の世界王者が、地元の大声援を背に、執念で決勝の切符をつかんだのです。
決勝で惜敗
そして迎えた決勝。相手は世界9位、フランスのアレックス・ラニエ選手でした。世界14位のローにとって、格上との一戦です。
立ち上がりはラニエにリードを許しましたが、ローは粘って追いつき、第1ゲームを21対17で奪います。ところが第2ゲーム、コートに倒れ込む場面もあり、15対21で落としました。勝負は最終ゲームへともつれ込み、惜しくも栄冠には届きませんでした。準優勝。あと一歩、というところでした。
「観られなかった」
今回、競技そのものとは別に、地元で小さな波紋を呼んだことがあります。放映権の問題です。昨年までは無料に近い形で観られた大会が、今年は月額制の配信サービスでしか観られなくなりました。とはいえ、完全に締め出されたわけではなく、公共のスポーツ施設などでパブリックビューイングが行われ、人々はそこに集まって声援を送っていました。みんなで観るという体験が、形を変えて残ったわけです。
隣国マレーシアから見ていて
私が今暮らすマレーシアも、バドミントンが国技のように愛される国です。隣の芝として眺めていると、シンガポールのこの盛り上がりがどこかよその話には思えません。
バドミントンが映す、シンガポールという国
長く東南アジアに暮らしていると、バドミントンという競技が、この地域でいかに”国民の鏡”であるかを感じます。
シンガポールは、面積こそ淡路島ほどの小さな国です。天然資源もなく、頼れるのは人だけ。そんな国にとって、世界の強豪がひしめくバドミントンで一人の選手が頂点を争う姿は、”小さくても世界に伍していける”という自国の物語そのものに重なります。1962年から続く長い希望も、裏を返せば、それだけ本気で世界の頂を望んできた証でしょう。ロー選手は優勝こそ逃しましたが、24年止まっていた時計の針を確かに進め、次の世代に”自分にもできる”という火種を残しました。小さな国がまた一歩、夢に近づいた光景を見られたように感じます。






















