スーパーボーナス110%!国を挙げて進める老朽住宅の省エネ化と耐震化対策の現実
建物の老朽化が進むイタリアですが、耐震化が一般的ではありません。地球環境問題に直面し、よりCO2排出量を抑える省エネ住宅への建て替えが重要となります。
そこで、2020年7月、イタリア政府は既存住宅の省エネ化・耐震化を促進するための大規模な経済政策に踏み出しました。その概要と現実を、イタリア在住の筆者がお伝えします。
スーパーボーナス110% | 国を挙げて進める老朽住宅の省エネ化と耐震化対策の現実
著者:イタリアgram fellow Nakamura Hiromi
公開日:2023年8月3日
- ラトビアでのオリンピックの盛り上がり
- 大谷翔平 史上初の50本塁打50盗塁達成!MLB界に衝撃走る|海外の反応
- リー家から新時代へ:変革期のシンガポール
- 人口880万人の巨大市場へ!クアラルンプールで起きる3つの構造変化|マレーシア
スーパーボーナス110%とは?
2020年7月に施行された、既存住宅の省エネ化または耐震化を促すことを目的とした政策です。この政策では、「110%控除」という仕組みが導入されており、改装工事にかかった費用の110%分が確定申告を通じて差し引かれます。要するに、国が改装費用を全額負担し、さらに10%分のボーナスが付与されるという画期的な措置です。
この政策は、イタリアの住宅建築物のエネルギー効率レベルの向上、また耐震化の向上を目的に打ち出されました。特に築45年以上の建物が60%以上を占めるイタリアにおいて、排出量を削減するための重要な手段と考えられています。
また、コロナウイルス流行によるロックダウンで打撃を受けた建設業界の経済回復を狙う側面もあります。
施工業者負担や銀行貸付で身近なものに
当初、この政策を利用し改装を希望する人は、改装費用を先に負担しなければなりませんでしたが、施行から間もなく施工業者や銀行に110%控除の権利を移転できることが承認されました。
これにより施工業者は消費者に対して100%の割引を適用し、工事終了後に110%の控除を国から受けられるようになりました。同様に、銀行も消費者に100%の出資が可能となり、工事終了後に国から110%分の還元を受けられる仕組みが整備されました。
この措置は多くの消費者に対し、実質的な負担なしで改装工事を実現させる希望を与えました。
地域別では、以下のような結果となっています。
地域 | 棟数 | 投資額 |
ロンバルディア州 | 65,295 | 投資総額138億ユーロ(約20兆7,000億円) |
ヴェネト州 | 51,831 | 投資総額75億ユーロ(約11兆2,500億円) |
エミリア・ロマーニャ州 | 35,857 | 投資総額69億ユーロ(約10兆3,500億円) |
不正と問題点
実質的に無料で改装工事ができると注目を集めた政策ですが、残念ながらそれを悪用する人がいるのも事実です。架空請求や水増し請求など、次々と不正が明らかになりました。
さらに、急激な業務量の増加によって資材や作業員が不足したり、資材費が高騰したりとさまざまな問題点も浮き彫りになりました。資材原価の高騰から、実際の支出額が請負額を上回り、工事完了後の国からの返還でも回収の見込みがなく、経営状態に打撃を受けている業者も増えているようです。現在、建設現場の10件に1件が停止しているという調査結果もあります。
ちなみに、筆者の義理の姉夫婦もこの政策を利用し改装工事を行いましたが、着工から1年以上が経った現在も、内装部分と太陽光発電システムへの接続が未完成のままです。
こうした数々の不正と問題点から、政府は何度も制度の改正を余儀なくされました。
これに対しメローニ首相は、「スーパーボーナス110%は、イタリア国民1人当たり2000ユーロ(約30万円)の負担となっている。国が何かしらの支出をするとき、タダであるものは一切ない。」と口調を強めます。
そして「現在の国の債権総額は1050億ユーロ(約157兆5,000億円)であり、そのうち90億ユーロ(約13兆5,000億円)相当の詐欺があった」と発言しています。
今後どうなる?
さまざまな問題点に直面しているスーパーボーナス110%政策。今後はどうなっていくのでしょうか。
現時点では、以下のように段階的に控除額を減らすことが発表されています。
- 2023年末までに発生した費用に対しては110%
- 2024年に発生した費用に対しては70%
- 2025年に発生した費用に対しては65%
これらに加え、定められた期限内に工事の30%を完了することや、施工業者や銀行への控除権利の移転の打ち止めなど、利用条件により厳しい制限がかかっています。
まとめ
国が全額負担し、既存住宅の省エネ化や耐震化を促進しようとしたこの政策。イタリア国民に衝撃を与えたことは容易に想像できます。
筆者自身も築50年近い建物に住み、「自己負担ゼロで改装のチャンス!」と心を躍らせたことを覚えています。結局、複雑な手続きを理解したり、信頼できる施工業者を見つけるのが難しく、実現はしませんでした。
もともとは老朽化した住宅の改善や耐震化を目的として始まった政策ですが、当初誰もが感じたであろう不安は的中し、導入直後からさまざまな問題が起きています。
イタリアでは、エコカーへの買い替えや太陽光発電システム導入に対する控除など、いろいろな方面でエコ対策を講じています。しかし、生活環境を改善しようとするプログラムの裏には不正が付きまとう現実も。それでも大胆な政策を果敢に打ち出したイタリア政府をあっぱれと思うのは、きっと筆者だけではないでしょう。
※1ユーロ150円で計算
参考出典
◇Agenzia delle Entrate:
https://www.agenziaentrate.gov.it/portale/superbonus-110%25
◇Camera dei deputati: https://documenti.camera.it/Leg19/Dossier/Pdf/FI0002.Pdf
◇Tgcom24: https://www.tgcom24.mediaset.it/politica/meloni-regionali-superbonus_61283611-202302k.shtml