InstagramリールとTikTokは互角で戦えるのか?
TikTokは現在、米国では情報セキュリティ上の懸念があるとして、中国法人による営業に疑義が呈され、米国企業による営業に移行しつつあります。政治的なトピックであり、本稿ではそこには立ち入りません。 本稿では、ソーシャルメディアを活用したマーケティングという視点から、特に、ネット上のコミュニティ形成と、それを活用したビジネスモデルにスポットを当てて述べたいと思います。ご理解下さい。
著者:gramマネージャー 今泉 大輔
公開日:2020年09月16日
InstagramリールとTikTokは互角で戦えるのか?
米国のソーシャルメディアマーケティング関連の専門サイトでは(米マーケティング界では「SNS」とは言わずに「ソーシャルメディア」と言うことが多い)、Instagramが新たに始めた短尺の動画サービス「リール」(Reels)が大きな話題となった。今年の8月初旬のことだ。
リールは15秒単位の縦長の動画を、アプリで撮って編集してすぐに投稿できるサービス。表面的には15秒単位の動画TikTokとほとんど変わらない。このTikTokとほとんど変わらないものをソーシャルメディア界の巨人Instagramが導入したことで、専門家たちが大騒ぎした。
インターネットでは現在、動画のサービスが急成長している。ネットユーザーの可処分時間は有限であるから、その有限の時間のどれだけを特定企業が確保できるかと言う意味で、可処分時間のシェアを取ることが非常に重要だ。YouTubeもたくさん見られているし、米国ではTwitchの総視聴時間がきわめて大きな比率を占めている。
Instagramの動画サービスである「ストーリーズ」についても、次のような数字がある(世界市場)。
・17億人近いInstagramユーザーがストーリーズを使っている。
・5億人はストーリーズを毎日使う。
・米国のミレニアル世代、Z世代の25%はストーリーズで商品を探す。
・15〜25%のストーリーズ視聴者は企業広告のストーリーズを見てリンク先に飛ぶ。
つまり、膨大な数のInstagramユーザーが短尺動画のストーリーズを使っており、広告メディアとしても無視できないものになっている。
TikTokは東アジアのダンスカルチャーから生まれた
米国のソーシャルメディア関係者は、Instagramがなぜこのストーリーズを持っていながら、新たにTikTokとほとんど同じ機能を持ったリールを導入したのか、色々な説を展開している。多くは、InstagramがTikTokを実質的に模倣したとみなし、TikTokのユーザーをInstagram社のサービスの中に取り込むのが目的だと考えているようだ。
しかし、現在、隆盛をきわめているTikTokのユーザーコミュニティを、Instagramのリールの中に取り込むことができるのだろうか?
日本にいて、TikTokを毎日使わないまでも、少し触れて中の動画を見てみると、次のことがわかってくる。
TikTokは中国で生まれた「ちょっと見て、少し笑える、東アジアのダンスカルチャーから生まれた15秒動画」だと言える。東アジアのダンスカルチャーは、おそらくK-POPの少女時代あたりから爆発的に火がついたもので、テクノとヒップホップが融合した聴きやすいサウンドに合わせて、集団でカクカク踊るのが特徴。源流はジャニーズにありそうだし、サウンドはYMOから派生したものだろう。大元は日本であったとしても、花開かせたのは韓国だ。
このダンスカルチャー(サウンドと一緒になっているダンス)がTikTokで膨大な数のアマチュアのものになった。そしてコミカルなテイストが加わっているのがTikTokの特徴だ。
こうした東アジアのダンスカルチャーの文脈を理解していないと、米国からはTikTokのコミュニティの特徴が見えないのではないかと思われる。TikTokとリールとは並列的に論じられるものではないのだ。
TikTokは「共進化」を経た「未来」に行き着いている
今回この記事を書くにあたって改めてTikTokの動画を色々と見てみた。確かにおもしろい。少し気になる人をフォローすると、そのフォローした人の属性に合わせて、レコメンド動画が次々と現れてくる。それを縦にスクロールして切れ目なく見ていく非常に心躍る経験は、他のサービスにはないものだ。
Instagramのリールについては後から述べる。まずInstagram内にアップされている動画と比較してみると、その違いは歴然とする。TikTokの中では動画が始まった瞬間に強いアテンションを引くための作法が確立しており、みんなその作法をマスターした上で、非常に強力な魅力を持った動画をアップしている。それが縦スクロールで無限に出てくる。見ていると中毒になってしまうぐらいの魅力がある。
全体として、「15秒動画を無数にアップする人たちが、相互に進化しあって成長してきた巨大なコミュニティ」があることを実感させる。
それに対して、Instagramの中にある動画は巨大なコミュニティによる進化を経ていない従来どおりの動画だ(なおこれはストーリーズのことではなく、フィード画面に静止画と一緒に流れてくる動画のことを指している)。TikTokをしばらく見て、Instagramのフィード画面に流れてくる動画を見ると、一昔前のコンテンツのように見えてしまう。それほどまでにTikTokの動画は「未来」に突き進んでいるのだ。
これは多数の人たちが日夜おもしろがって研究し、トライアルアンドエラーを積み重ね、強いアテンションを惹く動画を作ってきた、いわゆる「共進化」によるものだと思われる。Instagramの中のフィードの動画(ストーリーズのことではない)にはそうした「共進化」がない。そのため前時代的に見えるのだろう。
東アジアのダンスカルチャーがわからない米国の人たちからは、TikTokで起こったこうした「共進化」が見えない。TikTokで膨大な数のいいねがついたり、フォロワーがついたりしている動画を見ても、そのおもしろさがよく理解できないのではないかと思う。結果として、TikTokとリールを単純比較する勘違いが発生する。
高人気動画を作るのにお金がかからないTikTok
TikTokの中の動画がコミュニティによって進化した大きな要因に、TikTokで使える楽曲がある。TikTokアプリでは動画を撮って、使える部分を切り出して、ビジュアル効果を付け、楽曲を組み合わせるという一連の行為が非常にスムーズにできる。簡単に言えば、どういう動画でも楽曲を付けると、それだけである程度おもしろいものになる。それが東アジア的なダンスカルチャーとマッチした。
1人で、あるいは2人、3人で、少し踊れて、少しコミカルな演出ができるなら、学校の教室や自分の部屋で踊って、動画を撮って、楽曲を組み合わせれば、すぐにアテンションを引く動画コンテンツになる。
また、TikTokの動画コンテンツの特性として、作るのにお金がかからないということがある。これが若者の参加を呼び起こすのに非常に重要だ。1本で10万、20万のいいねを集める人気動画を作るのに、まったくお金がかからないのだ。踊りのキレや演出のセンスがありさえすれば、あとはマッチした楽曲をかぶせれば良い。それで強力な15秒動画ができる。1人でもおもしろい人がいるし、2人でおもしろいユニット、3人でおもしろいユニットがいる。ほとんどは学校友だちだろう。そうした背景から、ひたすらおもしろい動画が無数にできあがってくる。
一方でInstagramのインフルエンサーの静止画投稿を見ると、こちらはお金がかかる世界だ。人様にインフルエンスを与える静止画には、ファッションの凝りようや旅先のシーンや食事のすばらしさなどが不可欠で、コストがないとなかなか魅力的なビジュアルにならない。これによってできる非常に美しいビジュアルには、化粧品、旅行、アパレル、装飾品などの広告主が付くからビジネスとしてはそれでいいのだが、ダンスや演出の才能だけあれば50万や100万のいいねが付くTikTokの世界とは、それこそ世界がまったく違う。
Instagramストーリーズのコミュニティとは
短尺動画ということで非常に近い位置にいるInstagramのストーリーズ(15秒単位の動画、24時間で消える)についてはどうか。ストーリーズはフィードで流れてくる「Instagram静止画の延長にある動画」とはまた別な世界を形作っている。筆者はあまり詳しくはないが、Instagramのストーリーズはわかりやすく言えば、20歳前後の女性が数人のプライベートなパーティでお互いにおもしろがって動画を撮り合い、きゃっきゃ言いながら、その場で編集してインスタに上げたもの、という感じだ。これはこれでTikTokとは異なる独自の文脈を持っている。
ストーリーズも編集機能が充実しており、文字やスタンプを入れて、カラフルでにぎやかな動画をすぐに完成させることができる。上げてから24時間で消えるため、多少恥ずかしい内容であっても勢いで上げてしまう。その勢いがフレッシュさとなってコンテンツのおもしろさを醸している。(ストーリーズでも昨年から楽曲を組み合わせることができるようになっている)
セルフィーで撮る、あるいは仲間と騒ぎながら撮る。そうした動画を編集して上げる。それが24時間だけ上がっていて、誰かが見にくる。時々はリアクションを残す。フィード静止画とは異なる人が見に来て、異なる反応がある。インフルエンサーを気取らなくても良い。だからストーリーズをせっせと作って上げる。そういう位置付けがあるように見える。
ストーリーズにはストーリーズのコミュニティがあり、これは、投稿作成者と投稿視聴者とが明確に分かれていない。自分も作るし、作ったら相手のものを見る。相手も作るし、自分のものを見てくれる、というそういう互恵性があるコミュニティだ。
一方、TikTokでは、1つの動画がすぐに万単位の視聴者を作り、万単位のフォロワーを発生させる。1人のクリエイターに対して無数の視聴者がいる図式がある。
TikTokの15秒動画とストーリーズの15秒動画とは競合するものではなく、コミュニティの構成人員がほとんど被らない、「別な人たち向けのもの」と言っていいだろう。別な言い方をすれば、TikTokは東アジアダンスカルチャーの圏内にあるもの。ストーリーズはInstagramの影響を受けた若者がインフルエンサーの真似事をして楽しむもの、というところだろうか。
リール独自のコミュニティができあがるまで
Instagramには15秒動画のストーリーズがあるのに、なぜ、今年8月からリールを開始したのか、専門メディアではいくつかの説明がなされている。その中でも、大変に納得できるのは、やはりInstagram社も中国TikTok(バイトダンス社)の利用者層が欲しいというものだ。しかし上述したように、TikTokのコミュニティは、非Instagram的なコミュニティであるので、前者が後者に流入することはまず起こらないのではないかと思われる。
現在、リールに流れている動画を見ると、ほぼ半数はTikTokで作った動画をリールにも流しているものだ。コミカルなダンス系である。しかし注意深く見ると、リールでオリジナルの動画を作っている人たちが少数ながら現れている。
彼らは、TikTokの動画のおもしろさとは異なる、リールにしかできない、何らかのユニークさを追求しているように見える。15秒でいかにおもしろい動画が作れるか?若くて才能があれば、色々なチャレンジができるだろう。例えば、売り出し中の俳優2名が15秒で完結するコントを撮って上げている。ダンスではなく、楽曲にも頼らない動画だ。
現時点ではリールを活用している人がまだ少ないため、リールで少しアテンションを惹ける動画を上げられれば、すぐに万単位、十万単位の視聴件数が取れる(「発見」で紹介されやすくなる)。それを利用して、Instagram静止画よりははるかに効率的にいいねやフォロワーを増やしているタレント(クリエイターから芸能人まで)も出現している。賢いやり方だと思う。
ユーザーが色々な試行錯誤をして、リールの独自のコミュニティが立ち上がった時に初めて、「ああリールとはこういう風にして使えるんだ」と皆が納得するようになるのだろう。それはYouTuberのコンテンツを見て、「ああYouTubeではこうやってYouTuberが表現できるのか」と納得するのと同じだ。つまり、何もないところからクリエイターたちが表現作法を作り上げて、それがコミュニティに広がる。リールもそのような道を経ることで、Instagramの大きな資産になっていくのだろう。