シンガポールの国民食「チキンライス」 価格上昇

シンガポールで「チキンライス(海南鶏飯)」は単なる食事ではありません。
”安くて、うまくて、どこにでもある”安心の象徴で、シンガポールを代表する料理でした。
屋台文化に支えられ、高齢者や学生、労働者にとっては、毎日食べられる定番ごはんとしての役割を果たしてきました。
そのチキンライスの価格が上がっています。
今回の記事では、インフレが続くシンガポールについて、この国民食のケースを取り上げながら詳しく説明します。
シンガポールの国民食「チキンライス」 価格上昇
著者:シンガポールgramフェロー Malay Dragon
公開日:2025年 8月14日
チキンライスの価格上昇は“インフレの象徴”

シンガポール国民食の「チキンライス」が、わずか数年で3.50ドル(約390円)前後から5〜6ドル(約560~670円)にまで値上がりしている現象は、インフレを肌感覚的な実感として感じられ、多くの市民の生活に影響を与えています。
【過去】2019年頃:3.00〜3.50ドル
【現在】2024年:4.50〜6.00ドル(一部の高級店ではS$10を超えるケースも)
【上昇率】約50〜70%の価格上昇
価格上昇率を見ると、これは単なる食品価格の上昇ではありません。生活必需品レベルの伝統的な外食文化の変化であり、庶民の生活圧迫を象徴する現象ととらえられます。
価格上昇の背景
近年チキンライスの価格の上昇が止まらない理由はいくつか考えられます。
1. マレーシアの鶏肉輸出停止
2022年6月、マレーシア政府は国内の鶏肉供給不足と価格高騰を受け、鶏肉輸出を停止しました。シンガポールは鶏肉の約34%はマレーシアから輸入しており、この措置によリシンガポールでは新鮮な鶏肉の供給が減少し、価格上昇の一因となりました。
2. 原材料と運送コストの上昇
ウクライナ戦争やコロナ禍の影響で飼料やエネルギーの価格が高騰し、鶏肉や野菜などの原材料費が上昇しており、さまざまな商品の価格に大きな影響を与えています。
3. 労働力不足と人件費の増加
パンデミックによる外国人労働者の入国制限や新たな労働規制により、人手不足が深刻化し、従業員の給与も引き上げられました。これにより、店舗の運営コストが増加し、価格転嫁が避けられない状況となっています。
消費者への影響
かつては3ドル(約330円)程度で提供されていたチキンライスですが、現在では平均で4ドル以上となり、安価な店舗は姿を消しつつあります。2023年のホーカー食の価格は前年比で6.1%上昇し、過去最高の値上がり率を記録しました。
この価格上昇は、特に低所得層にとって大きな負担となっています。政府は約1,500億円の支援策を実施していますが、2024年1月には物品サービス税(GST)が9%に引き上げられ、さらなる物価上昇を招きました。
価格が1食で5ドル(約560円)に近づくと、これはもはや“贅沢品”に感じられてしまいます。つまり、チキンライスの価格上昇は、「庶民の食の安心の崩壊」を意味しているのです。これは、経済指標以上に人々の感情や社会の安定感に直結しています。
今後の見通しと対策
2023年後半からは、世界的なエネルギーと食品価格の下落、シンガポールドルの為替レートの上昇により、原材料や電気、ガスのコスト圧力は緩和されつつあります。
しかしながら価格が元に戻ることは期待できず、店舗側はコスト削減やメニューの工夫を通じて、顧客を惹きつける努力を続けています。政府は食料安全保障の強化や多様な輸入先の確保など、長期的な対策を講じています。
チキンライスはシンガポールの「経済の鏡」
チキンライスは単なる食べ物ではなく、シンガポール経済の動き、生活者の声、文化の持続性のすべてを映し出す“鏡”のような存在です。
価格の上昇はその表面に映ったひとつのサインに過ぎず、今向き合うべきなのは、何を守り、何を変えるかという、社会全体の選択なのでしょう。