大型M&Aが相次ぐシンガポール市場 

シンガポール

シンガポールの産業界で最近大きな動きがありました。ひとつは通信分野でのM&A。もうひとつは不動産分野での新たなREIT設立です。どちらも国際金融センターとしてのシンガポールの強みを背景に、海外資本と地元企業が連携する形で進んでいます。長年シンガポールで働きこの地域に暮らしてきた立場からすると、国としての方向性が見えてきたのではないかと思います。

そこで今回は、このニュースを深掘りして解説します。

(引用元:Singapore's Keppel to sell M1 stake to Simba Telecom for a net $778 million | Reuters
https://www.reuters.com/en/singapores-keppel-sell-m1-stake-simba-telecom-net-778-million-2025-08-11/?utm_source=chatgpt.com

大型M&Aが相次ぐシンガポール市場 

   著者:シンガポールgramフェロー Malay Dragon 
公開日:2025年 11月05日

M1の売却

まず注目すべきは通信分野で、シンガポールの老舗通信会社M1を巡ってKeppelが株式を売却し、民間外資のTuas(Simba Telecomの親会社)が約17億シンガポールドル(約1,955億円)で買収しました。Keppelはシンガポール政府系投資会社のTemasek Holdingsが筆頭株主ですが、造船事業等の不振からここ数年は資産の整理・軽量化を進めていて、今回の株式売却は資金の再投資という狙いがあるとみられています。一方、Tuas側は5G時代に向けたサービス強化を見据えています。

業界再編

ここ数年シンガポール通信市場はほぼ飽和状態で、人口600万人規模では大手3社(Singtel、StarHub、M1)の競争余地も限られています。その中で「第4のプレイヤー」として登場したTuasが、既存勢力の一角を呑み込む形になったのは、市場再編の象徴的な出来事だといえるでしょう。

中国JDグループらによるREIT設立

もうひとつの動きは不動産分野で、中国の不動産会社JDグループの物流子会社が、約10億ドル(約1,500億円)規模の物流・工業系資産をまとめたREITをシンガポール市場に上場させる計画を進めています。

REIT(不動産投資信託)は、投資家から集めた資金でオフィスや物流施設を購入し、賃料収入を配当として分配する仕組みです。株式のように取引所に上場しているため少額から投資でき、シンガポールは「S-REIT」と呼ばれる市場が世界でも有数のREIT市場です。税制や規制面での透明性が高く、海外投資家からの信頼が背景にあります。隣国マレーシアやインドネシアにも物流需要はありますが、資金調達の舞台はシンガポールに集まる、これは長年変わらない潮流のようです。

企業戦略と投資環境への影響

これらの案件は、単なるM&Aや上場話にとどまりません。背後には、シンガポールが”小さな国だからこそできる柔軟な舵取り”を続けていることが見てとれます。人口市場では劣っても、資本市場や規制環境では優位性を持ち、そこに海外資本を呼び込む。成長分野を取り込み、グローバル資金の受け皿となる。こうした動きが同時に進んでいるのは偶然ではないでしょう。

アジアの中での位置づけ

私自身、アジアに暮らして30年になりますが、つくづく感じるのは『シンガポールは自らの立ち位置を巧みに再定義し続けている』ということです。通信ではマレーシアやタイに比べ規模で劣りますが、5Gやデータセンターといった分野では、規制の明確さと国際連携で優位に立っています。

不動産では、地価の高さや空間的制約を逆に生かし、資本市場にREITという洗練された仕組みを根付かせ、アジア全体の資金と企業活動のハブであり続けています。

今後の展望

今後を見据えると、通信分野ではM1の再建が試金石となるでしょう。もし新しい料金体系やデジタルサービスが成功すれば、シンガポールの通信市場に再び競争の風が吹き込む可能性があります。一方で、REIT市場は引き続き拡大が続き、特に物流、データセンター、再生可能エネルギー関連の資産が今後の焦点となるとみられています。

そして重要なのは、これらの動きがシンガポールだけの話ではなく、ASEAN全域に波及するという点です。資本はシンガポールで調達し、投資先は周辺国へという流れです。これは駐在員や進出企業にとって、今後の事業戦略を考えるうえで欠かせない視点になるでしょう。

Malay Dragon

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マレーシア・シンガポール在住のgramフェロー 経済上から時事ネタ、現地のマナーまで幅広く執筆。

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