英国自動車業界分析|PESTLEモデルに基づいて解説

欧州

英国と聞いて自動車のイメージを持つ人はどれくらいいるだろうか。

正直、高級車好き以外、日本における英国自動車業界の知名度は低いのではないかと思う。実際に英国の自動車産業は、世界全体と比較すると影が薄い。世界の自動車販売業界は、2023年には4.3兆ドル(645兆円)の価値があると予想されている一方、英国は1,000億ポンド(18兆円)程度の取引を占めると予測される。これは世界の約2.8%の水準である。

しかし、国内経済のみにフォーカスすると、自動車産業は英国経済140億ポンド(2.5兆円)の付加価値をもたらしており、英国経済にはなくてはならない存在である。そこで今回は、英国自動車産業を取り巻く近年の外部環境の変化について、PESTLEモデルに基づいて解説したい。このモデルは、政治、経済、社会、技術、環境、法律の6つのファクターを使用して包括的的に外部環境を分析することができ、企業の将来のビジネス戦略の策定には欠かせない重要なモデルである。

(引用元:GDP Ranked by Country 2023 https://worldpopulationreview.com/countries/by-gdp

(引用元:SMMT :UK Automotive Trade Report 2023
https://www.smmt.co.uk/reports/uk-automotive-trade-report/

(引用元:IBISWorld :Global Car & Automobile Sales – Market Size
https://www.ibisworld.com/global/market-size/global-car-automobile-sales/

英国自動車業界分析

    著者:イギリスgram fellow 舘野和佳奈
公開日:2023年12月18日

ブレグジット(Brexit)と自動車業界 ― 英政府の奮闘

まず、ブレグジットは間違いなく英国自動車業界に負の影響を与えている。ブレグジットとは、英国政府がEUから脱退するために、欧州連合条約の第50条を発動したという政治的決定であるが、英国と他の欧州諸国との間の経済統合に著しい混乱をもたらしている。複数の研究で、英国の自動車産業はEUへの最大の輸出産業であるため、ブレグジットの影響を最も強く受ける可能性が高いと主張されている。具体的には、新たに生まれた貿易障壁による影響である。ブレグジット後、企業が国境を越えて原材料や製品を輸出入する際、コストがかかるようになってしまった。

引用:Moschieri, C. and Blake, D.J. (2019) “The organizational implications of Brexit,” Journal of Organization Design, 8(1).

その一方、英国がEUの貿易協定のメリットを享受できなくなった後、英国政府は日英自由貿易協定や韓英自由貿易協定など、新たな貿易協会に参加した。これはブレグジットの突破口とみなされている。この試みは、特定の国々との貿易効率を確立し、英国の対国輸出を拡大することを目的としている。韓英自由貿易協定と日英自由貿易協定の締結により、製造業セクター、特に自動車および部品、運輸機器、航空機からなるAutoTransセクターの輸出の増加が特に目的とされている。

引用: Yi, C.D. (2022) “Economic impacts of UK’s free trade agreements with Korea, Japan, and EU as a breakthrough of Brexit,” The Manchester School, 90(5), pp. 541–564.

炭素リスク ― 自らの首を絞めるイギリス

ブレグジットの影響に加えて、地球温暖化は自動車産業を含む産業全体が直面する最も重要な課題の1つと見做されている。2019年6月、英国は2050年までに温室効果ガス排出量「ネットゼロ」を達成することを約束する法律を可決した。英国が排出削減目標を達成するには温室効果ガスの吸収が必要である。

その結果、経済システムを変革して温室効果ガス排出量を削減する気候変動リスクに組織が直面することになった。自動車産業は、車両製造、車両部品製造、自動車サプライチェーン全体を通じて、最も炭素集約型の製造業の1つとして知られているため、これらのリスクに最もさらされている。

さらに、英国政府は新たに’Zero Emission Vehicles plan’を採択し、2035年までにハイブリッドカーを含む炭素排出車の製造をゼロにすると主張しており、これは企業にとっては厳しい条件である(英国政府はこの規制の厳しさに気づいたのか、元々2030年にセットしていたゴールを2035年に延期した)。

(引用元:GOV.UK :Government sets out path to zero emission vehicles by 2035
https://www.gov.uk/government/news/government-sets-out-path-to-zero-emission-vehicles-by-2035

O’Beirne, P. (2020) “The UK net-zero target: Insights into procedural justice for Greenhouse Gas Removal,” Environmental Science & Policy, 112, pp. 264–274.

この「炭素リスク」は、自動車企業の財務業績に悪影響を及ぼす可能性が高い。研究によると、炭素リスクが高い(現時点で炭素の排出が多い)企業ほど収益性が低い傾向にあり、今後資金調達が困難になりやすい可能性があるという。炭素排出量の削減を織り込む経営戦略の採用は、企業に新たな投資を必要とさせるため、財務業績のさらなる悪化を招く可能性があり、追加投資に資金を調達するのが難しくなることを示唆している。

引用:Palea, V. and Santhià, C. (2022) “The financial impact of carbon risk and mitigation strategies: Insights from the Automotive Industry,” Journal of Cleaner Production, 344, p. 131001.

テクノロジーがもたらす新たな可能性 ― Industry 4.0、AaaS

一方で、新しい産業動向であるIndustry 4.0は、自動車産業に革命をもたらす可能性がある。専門誌によると、インダストリー4.0における新技術は、製造の効率化、コスト削減、製品品質の向上、生産プロセスの簡素化などのメリットをもたらす可能性が高い。

また、自動車のIoTエコシステムの中核を形成する知的処理と意思決定の利用は、適切な情報共有を通じて、ユーザーに最適なルートや駐車場所を提案するなどの追加機能を製品に提供できるようになり、企業としては製品に付加価値をもたらせるようになる。

さらに、IoTシステムのネットワークインフラは、新しい社会概念である「automobility-as-a-service」(AaaS)をもたらした。これはカーシェアリング、相乗り、配車サービズなどを指し、車の所有概念を放棄させ、自動車産業にネガティブな影響を与えるといわれる。

しかしながら、様々な研究では、これは必ずしもマイナス要因ではなく、AaaSを提供する新しい巨大市場への参入機会となり得る。

Rahim, M., Rahman, M.A., Rahman, M.M., Asyhari, A., Bhuiyan, M. and Ramasamy, D. (2021) “Evolution of IoT-enabled connectivity and applications in automotive industry: A review,” Veh. Commun., 27 (2021), Article 100285.

Smolka, D. and Papulová, Z. (2022) “Implementation of automation and Industry 4.0 Technologies in automotive manufacturing companies,” Human Interaction and Emerging Technologies (IHIET 2022): Artificial Intelligence and Future Applications..

Wells, P., Wang, X., Wang, L., Liu, H. and Orsato, R. (2020) “More friends than foes? the impact of automobility-as-a-service on the incumbent automotive industry,” Technological Forecasting and Social Change, 154, p. 119975.

以上、英国以外の国にも適用できる要素がほとんどであったが、英国自動車産業がこの新時代に生き残れるかどうか――今後の英国経済に大きな影響を与えるだろう。

※1ポンド150円、180円で計算

舘野和佳奈

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イギリス在住のgramフェロー 経済上から時事ネタ、現地のマナーまで幅広く執筆。

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