燃料高騰が直撃するフィリピンの交通事情

フィリピン

2026年2月28日、米国とイスラエルは米国防総省が「エピック・フューリー作戦(Operation Epic Fury)」と命名した大規模軍事攻撃を開始した。イランの最高指導者ハメネイ師が死亡したとの情報が世界を駆け巡り、イランは中東の米軍関連施設やイスラエルへの報復攻撃を展開。これに伴い、世界の原油輸送量の約20%が通過する要衝・ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥った。国際エネルギー機関(IEA)は今回の供給混乱を”世界の石油市場史上最大規模”と位置づけ、IEA加盟国は過去最大規模となる約4億バレルの石油備蓄の協調放出で合意した。

国際原油指標のWTI先物価格は、3月9日に一時1バレル119ドルと約3年9カ月ぶりの高値を記録。アジア全域でガソリン価格が急騰し、原油のほぼ全量を輸入に頼るフィリピンにもその波は容赦なく押し寄せている。

(引用元:Iran International │ Pentagon names Iran mission ‘Operation Epic Fury’
https://www.iranintl.com/en/202602280838

(引用元:時事ドットコム │ 原油高騰、東南ア各国が苦慮 週4日出勤、予算見直し検討
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026031200984&g=int

燃料高騰が直撃するフィリピンの交通事情

   著者:フィリピンgramフェロー たこ坊
公開日:2026年 03月30日

フィリピンへの打撃

フィリピンの燃料供給体制は、東南アジアの中でも特に脆弱な構造を抱えている。現在フィリピン国内で稼働している製油所はバターン州にあるペトロン社のバターン製油所の1か所のみ。かつてフィリピン国内に工場を持っていたシェル社は2020年に採算悪化を理由に閉鎖しており、ガソリンや軽油、ジェット燃料といった石油製品の大部分を中国・タイ・シンガポールなどからの輸入に依存している状況だ。

(引用元:ダバオッチ │ 【News】フィリピンエネルギー省、中東情勢緊迫でも国内燃料供給は安定と強調
https://davawatch.com/articles/2026/03/06/92653.html

エネルギー省(DOE)のシャロン・ガリン長官は3月9日、「今週の燃料価格は1リットルあたり17〜24ペソ上昇する可能性がある」と発表。ディーゼル価格の値上がりは実に10週連続となった。シーオイル、カルテックス、ペトロンなど各社は即座に値上げを実施し、地域によってはディーゼルが1リットル100ペソを超える状況となっている。フィリピンペソも3月19日に1ドル=60.1ペソという過去最安値を更新し、一般市民の生活を二重に圧迫している。

(引用元:ダバオッチ │ 【News】中東情勢の緊張でフィリピンの燃料・電力価格に影響懸念
https://davawatch.com/articles/2026/03/12/92656.html

運転手たちによる全国交通ストライキ

燃料価格高騰のしわ寄せを最も直接的に受けているのが、日々の生活が収入と直結する公共交通機関の運転手たちだ。ダバオ市内でジプニーを運転するクリストファーさんは「ガソリンは高く、収入は少ない。家族のために残るものは何もない。スピードを落としてでも少しでも燃料を節約するしかない」と、切実な状況を語る。

(引用元:ダバオッチ │ 【News】燃料高騰でダバオ市民の生活も圧迫ーエネルギー省が価格監視と買いだめ警告
https://davawatch.com/articles/2026/03/17/92869.html

こうした声を集めたのが、フィリピン最大の交通運転手組合「PISTON(フィリピン交通グループ)」だ。全国代表のモディ・フロランダ氏は記者会見を開き、2026年3月19日(木)に首都圏のみならず全国各地の州・都市で全国的な交通ストライキを実施すると宣言した。PISTONの訴えは、燃料価格の原状回復(1リットル55ペソまでの値下げ)、石油製品への消費税・物品税の撤廃、石油規制撤廃法の廃止、そして5ペソのジプニー運賃値上げ実施の4点に集約された。

(引用元:Rappler │ Thousands of jeepney drivers join nationwide transport strike
https://www.rappler.com/philippines/video-piston-transport-strike-march-19-2026/

また同組合のマル・バルブエナ会長は「3月17日の早朝、給油のためガソリンスタンドを訪れたところ、給油係に供給がないと断られた。しかし実際には備蓄があったことが後に明らかになった」と語り、ガソリンスタンド側による価格高騰前の意図的な燃料備蓄疑惑を強く批判した。ストライキは3月19日に首都圏15〜20か所の抗議拠点と各地方都市で同時に展開。Metro Manilaだけで約6万ルートが麻痺し、複数の学校がオンライン授業に切り替える事態となった。

(引用元:Philstar.com │ Transport strike kicks off amid fuel price surge
https://www.philstar.com/headlines/2026/03/19/2515404/transport-strike-kicks-amid-fuel-price-surge

政府による緊急支援策

全国交通ストライキが迫る中、マルコス大統領は矢継ぎ早に緊急支援策を打ち出した。

① PUV運転手への5,000ペソ現金給付
3月16日から、マニラ首都圏のトライシクル運転手を対象に5,000ペソの現金給付が開始された。大統領みずから配布式に出席し、ジプニー・タクシー・TNVS(配車アプリ登録車)・バイクタクシー・路線バスの運転手にまで対象を広げた。首都圏だけで約39万6,000人が対象となり、4月には全国への展開を予定している。

(引用元:ニフティニュース │ 燃料不足が広がるフィリピン 空の便に深まる不安
https://news.nifty.com/article/world/worldall/12137-5052689/

② 運賃値上げの凍結
3月19日から予定されていた公共交通機関の運賃値上げについて、マルコス大統領はDOTr(運輸省)に対し凍結を命じた。ジプニーや路線バスなど陸上交通のすべてが対象となる。通勤者の実質的な負担増加を抑えるための措置だ。

(引用元:時事ドットコム │ 原油高騰、東南ア各国が苦慮 週4日出勤、予算見直し検討
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026031200984&g=int

③ Libreng Sakay(無料乗車)の展開
3月19日よりマニラ首都圏で無料バス乗車「Libreng Sakay」(タガログ語で”無料の乗車”の意)が開始された。政府が保有する車両を路線に追加投入し、特定区間で順次展開している。また、LRT-2(軽量軌道交通2号線)とMRT-3(都市鉄道3号線)は3月23日より50%の運賃割引を実施すると発表した。

④ 政府機関の週4日勤務制導入
マルコス大統領は警察・消防などのフロントライン業務を除くすべての政府機関において、週4日勤務への移行を発表した。また政府機関に対して燃料・電力消費の10〜20%削減を命じ、エアコンの設定温度を24℃以下にしないよう指示するなど、省エネ対策も徹底している。

(引用元:日本経済新聞 │ 原油高、アジアの生活者直撃 ガソリン3割値上げ・週4日勤務に制限
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM071ZV0X00C26A3000000/

⑤ 燃料補助金と消費税減免
農業省は約9,700人の農業従事者と1万5,000人の漁業従事者を対象とした1億ペソの燃料補助金を準備。加えて、DOTrは公共交通運転手向けの燃料価格補助プログラム「Pantawid Pasada」の発動準備を整え、原油価格が1バレル80ドルの閾値に達した時点で25億ペソ規模の給付が始まる仕組みとなっている。マルコス大統領はさらに議会に対し、石油製品の消費税を引き下げる権限の付与も求めている。

(引用元:ニフティニュース │ 燃料不足が広がるフィリピン 空の便に深まる不安
https://news.nifty.com/article/world/worldall/12137-5052689/

民間配車アプリ各社の対応

inDrive | 270万ペソ規模の燃料バウチャー
配車アプリinDriveは、270万ペソ規模の燃料バウチャープログラムを導入した。SeaOilとの提携を更新し、全国のSeaOil加盟ガソリンスタンドでのガソリン1リットルあたり4ペソ・軽油2ペソの燃料割引をドライバーが利用できるようにするとともに、高需要エリアのパープルゾーンではコミッションを最低1%まで引き下げる優遇措置も打ち出した。また、高齢者・障がい者・学生向けの法定20%割引をinDrive側が全額負担することで、ドライバーの収入が削られない仕組みも整えている。

(引用元:Context.ph │ inDrive launches fuel aid, incentives for drivers amid rising costs
https://context.ph/2026/03/20/indrive-launches-fuel-aid-incentives-for-drivers-amid-rising-costs/

ただし、こうした支援策に対してドライバーからの不満の声も上がっている。「燃料費高騰前は10時間の運転で4,000〜5,000ペソの純利益があったが、今は2,000ペソにまで落ち込んだ」と語るドライバーもおり、低価格運賃モデルの見直しを求める声も依然として根強い。

(引用元:フィリピン現地ニュース │ 全国交通ストライキ 3月19日実施へ
https://news.mnl.asia/archives/15346

Grab・Move It | 燃料割引+リベートの二本立て
GrabとMove Itは共同で、ドライバー・配達パートナー向けの財政支援パッケージを発表した。Seaoil、Caltex、Blu Energyの加盟スタンドで1リットルあたり最大4ペソの燃料割引が受けられるほか、Grab Financeは約2万人のドライバーを対象にShell Fuel Cardを活用した燃料リベートプログラムを導入。3月16日から月末まで給油のたびに1リットルあたり3ペソがアカウントに直接還元される仕組みとなっている。

GrabCar向けには1トリップあたりのキャッシュバックやピーク時間帯のリベートも新設。GrabFood配達パートナーには全国一律で1配達あたり3ペソのスポットボーナスが付与されるなど、陸上輸送から配達部門まで幅広くカバーしている。Move Itもバイクタクシー向けの専用プログラム「Power Pasada」を立ち上げ、月次の燃料補填とピーク時間帯インセンティブで二輪部門を後押ししている。

(引用元:Grab Philippines │ Grab, MOVE IT deploy immediate support for driver-partners amid fuel price surge
https://www.grab.com/ph/press/others/grab-move-it-deploy-immediate-support-for-driver-partners-amid-fuel-price-surge/

地方自治体の動き

中央政府の施策と並行して、地方自治体も独自の対応を打ち出している。セブ市では市営バス(CBRT)の「Love Bus Libreng Sakay」プログラムが発表され、朝6〜9時・夕方5〜8時のラッシュ時に無料乗車が利用可能となった。アルキバル市長はさらに、追加のeバスおよびeカーの購入検討を指示しており、危機を契機としたEV導入の加速も視野に入れている。ケソン市でもEastwoodからRobinsons Galleriaを結ぶ無料路線バス「Love Bus」が運行されている。

(引用元:時事ドットコム │ 原油高騰、東南ア各国が苦慮 週4日出勤、予算見直し検討
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026031200984&g=int

まとめ

今回の石油危機は、フィリピンが長年抱えてきた、エネルギー自給率の低さという構造的な脆弱性を改めて浮き彫りにした。製油所がわずか1か所という状況は短期間では解決できず、原油価格の動向に国全体の経済が大きく左右される体制は当面続くと考えられる。

一方で、この危機は新たなビジネスの萌芽でもある。EV・再生可能エネルギー分野への関心が政府・民間ともに急速に高まっているなか、日本企業が持つ省エネ技術や電動化ノウハウを活かした参入チャンスは広がっている。また、inDriveやGrabが打ち出した燃料バウチャーやリベートといった「ドライバー支援型のエコシステム構築」は、フィリピンのプラットフォームビジネスにおける新たなスタンダードを生み出しつつある。

フィリピンの平均年齢は24歳と若く、経済成長のポテンシャルは依然として高い。今回の危機を一時的な試練として終わらせるのか、構造変革の契機とするのか。その答えは、政府・民間・そして外部からフィリピン市場を見つめる企業の行動にかかっている。

たこ坊

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フィリピン在住のgramフェロー 経済上から時事ネタ、現地のマナーまで幅広く執筆。

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