人口増加の“裏側”で進化する都市国家――シンガポール

2025年、シンガポールの人口が611万人を超えたというニュースは、かなりのインパクトがありました。増加の牽引役が外国人労働者であることは以前の記事でも紹介しましたが、このデータの裏側で、静かに、しかし確実に変化しているもうひとつの構造があります。
今回の記事では、その面にスポットを当てて解説します。
(引用元:Singapore population hits record 6.11 million, driven by foreign workers | The Star
https://www.thestar.com.my/news/world/2025/09/29/singapore-population-hits-record-611-million-driven-by-foreign-workers)
人口増加の“裏側”で進化する都市国家――シンガポール
著者:シンガポールgramフェロー Malay Dragon
公開日:2025年 12月30日
成熟都市の次の一手
それは「都市国家としての知的生産体制と人口設計」の進化です。
シンガポール政府は、外国人受け入れを単なる数合わせとしては捉えていません。たとえば、最近強化されている教育移民政策では、世界中の優秀な学生を奨学金付きで呼び込み、大学卒業後に政府機関やスタートアップへと進ませる仕組みが着実に整備されています。
2024年には、NUS(シンガポール国立大学)とNTU(南洋理工大学)が世界大学ランキングで共にトップ30入りを果たし、アジアの“学術ハブ”としての地位を不動のものにしていますが、人口増の背後には、こうした”知的人材による人口増”が静かに作用しているのです。
都市インフラの再定義
人口が増えているのに、街に窮屈さを感じない。それがシンガポールの特徴です。
その理由のひとつが、スマート国家(Smart Nation)構想の具体化でしょう。近年は、AIによる交通制御、デジタルID(Singpass)を中心とした行政効率化、住民情報を基にしたリアルタイム住宅配分など、都市全体が人流・人口動態を前提としたシステムで管理されています。
私が見聞した例で言えば、HDB(公営住宅)居住区で突然実施された道路改修工事。住民通知は1週間前にSingpassに届き、工事の時間帯も住民の生活パターンを分析した上で影響が最小になる深夜帯に調整されていました。これは単なる工事効率ではなく、都市と人口を一体化して制御するというステージに入っていることを示唆しているでしょう。
増える外国人をどう受け止めるか
数字上の人口増は順調でも、それをどう感じるかはまた別の話です。
2025年6月に公開された国民意識調査では、外国人が生活の質に与える影響について、「肯定的」と回答した人が47%、「否定的」が32%、「無回答」が21%でした(出典:IPS Social Lab Survey, 2025)。
興味深いのは、年齢層によって捉え方が異なる点です。40代以下では「肯定的」が過半数を占め、労働力・イノベーションの供給源として受け入れる傾向が強い。一方で、60代以上では「文化の変化への不安」「雇用の脅威」といった視点が強く、世代間での認識の違いが明確に見えます。
これは日本社会とも共通する構図で、受け入れる数だけでなく、受け入れる余白をどう社会が設計できるかが問われているのだと感じます。
ポスト成長期の国家設計とは
都市国家でありながら国民国家であるシンガポール。その両立を支えるのは、「人口=経済成長」ではなく、「人口=社会運営」という視点です。人口増はあくまで手段であり、目的は社会の安定と進化にあるのだと強く感じます。
在留12年の私がこの変化を実感するのは、「多様性があるのに、社会として破綻しない設計」の存在です。バスの中で複数言語が飛び交い、HDBの掲示板には英語・中国語・マレー語・タミル語が並ぶ。こうした設計が、分断を抑える役割を果たしていると感じます。
人口が増えても社会が壊れない。それができるのは、単に人を増やすだけでなく、どう配置し、どう接続するかという精緻な設計があるからでしょう。
少子高齢化と外国人の流入は、数字の問題ではありません。社会の“設計思想”の問題なのです。この事実に正面から向き合う覚悟が、日本にも求められているように思います。





















