ITベンチャーが海外でスタートアップするための拠点探しの旅

ビジネスコラム

海外情報ナビでも多くのコラムを執筆している今泉 大輔 氏(gramマネージャー)は、2018年に独自の仮想通貨を立ち上げる構想を持って、開発の人材を探すのと、資金手当てをするために、海外の複数の都市を回って、色々なことを確かめて歩いたという面白い経験を持つ。
その経験をもとに今回は、ITベンチャーが海外で拠点を設ける際のポイントを今泉氏の目線で綴っていただいた。海外への挑戦を考える方には、とても参考となる内容とだと思います。

著者:gramマネージャー 今泉 大輔 
公開日:2021年5月17日

ITベンチャーが海外でスタートアップするための拠点探しの旅

都市の選定

裸一貫で始めるITスタートアップを想定する。人のあてもなく資金の伝手もない状況。
この状況では、世界各国のどの都市も等価に見える。シリコンバレーのサンノゼも選択肢なら、インドのバンガロールも選択肢に入る。イギリスのロンドンやロンドン周辺のケンブリッジなども候補になるだろう。ヨーロッパではオランダのアムステルダムも海外のITベンチャーを受け入れている。スイスにもよく知られていないが、ITベンチャー誘致を行なっている都市がある(欧州の機内誌で読んだ)。
暗号やセキュリティなら、軍の技術がベースになっているIT企業が多数あるイスラエルのテルアビブも候補に入るだろう。東欧各国にも実はIT集積がある国がある。ルーマニアなどは国の産業が活発ではないため、外貨を稼ぐためにIT産業に注力している。よく調べてみるとITベンチャーにも魅力的な企業が多数見つかる。同様にウクライナのエンジニアも優れているという話を聞く。日本企業から受注した開発案件をウクライナ人エンジニアが開発するオフショア開発の企業も存在する。

要は、世界のどの地域にもITに注力している国はあり、ITベンチャーの集積がある都市を見つけるのは、さほど難しくない。ITは、基本的に、英語が世界共通語だから、英語で検索ができさえすれば、相当な量の情報と、ある程度突っ込んだ動向把握ができる。

筆者が経験した例では、暗号・セキュリティ・ブロックチェーンの優れた才能を探す目的でイスラエル国の商都テルアビブに滞在していた際に、テルアビブ市としてITベンチャー企業を育成するためのセンターがあることを知った。東京都が運営しているスタートアップハブ東京に似た施設だ。ここがベンチャーキャピタル(VC)のリストを作成しており、1つひとつを回って歩くと接点が見つかる可能性がある。

まずは現地に滞在してみる

ITスタートアップが海外に拠点を設ける際には、ビジネスマンのように数日間の出張を重ねて接点を探るのではなく、現地に1ヶ月程度は滞在する覚悟を決めて、自炊ができるシェアハウスやアパートを借りて、現地のスーパーで食材を買いながら、料理しながら生活感覚を確かめ(そのようにしていると現地の物価水準、賃金水準、家賃水準がわかってくる)、会える人と全部会って情報収集を続けていくうちに突破口が開ける、というやり方が望ましいと思う。

チャンスは人が持ってくる。現地に長くいて、カフェで作業をしたり、創業支援施設に顔を出したり、VCを訪問したりしていると、インターネットでは得られない情報に接することができる。また、創業プランを話すと、目の前の人が誰かを紹介してくれる可能性もある。「彼に会ってみるといいよ」と。そうした人の紹介から、ある意味、芋づる式に有力な協力者や開発エンジニアが見つかることもある。

筆者の場合、テルアビブでたまたま出会うことができた前職の関係の方から、MITの教授を紹介してもらい、そのMITの教授から色々なアドバイスを引き出すことができた。これもテルアビブに少し腰を落ち着けて、スーパーで食材を買い、自炊をしながら、また現地の安いワインを飲みながら(その経験がお会いした方との雑談に役立った)、料理を食べながら、ということをしているうちに展開した出来事だ。

体験例:サンノゼのシェアハウスに滞在してみると

ITスタートアップが海外に拠点を設ける場合は、現地の優秀なプログラマーの賃金が安いことを期待しているケースと、現地のVCからの資金調達を期待しているケースとの2つが考えられる。あとは「その都市が好きだから」というのも立派な理由になる。

筆者がシリコンバレーのサンノゼのシェアハウスに滞在した時の経験で、ITで有名な都市には、それ相応にプログラマーがゴロゴロしているものだということを実感した。宿泊先を探す際にAirB&Bで「ハッカーのための宿」というネーミングのシェアハウスを選んだ。行ってみたら実際に、ある程度のレベルのプログラマーが3〜4人長期滞在していた。この種のシェアハウスは個室ではなく、ドミトリーが普通。大部屋に二段ベッドがいくつかあって、男女入り混じって寝るのが普通。世界各国、ドミトリーと言えば男女混合が普通ということも、実際に行って経験する中で「ああこれが普通なのか」とわかってくる。

シェアハウスにはキッチンがあり、自分が買った食材で自炊ができる。アメリカの場合は冷蔵庫がでかい。キッチンも広め。鍋やフライパンも大きい。また、アメリカのスーパーマーケットは、人生の中で一度は経験しておくべきある種のワンダーランドだ。中に入って、珍しい食材を見て(アメリカは多民族国家なので、スーパーにも様々な民族向けの食材が並んでいる)、買って、調理して、シェアハウスのみんなにも振舞って食べていると、色々な広がりが出てくる。ホテルに滞在していたのではわからない、多種多様なことが学べる。それが現地での起業に役立つ。

このサンノゼ滞在でわかったことの一つに、Google本社で働くプログラマーの給与水準はさほど高くないということがある。もちろん最上位プログラマーではなく、入社1〜2年の新米プログラマーの話。確か年収800万円程度だったと記憶している。

兎にも角にも、現地でどしどし人に会おう

ITスタートアップの特権は、まだ実績がないため、事業の構想だけで会いたい人に会えるということだ。「この会社の人と話したい」「このVCを訪問してみたい」という意欲だけで、実際に会える可能性が非常に高い。会うためには、その土地に行って、少し暮らしてみて、移動の仕方に慣れたり(アメリカではレンタカーが必須)、アポイントの申し込み方や受け方に慣れたりする必要がある。
スタートアップの代表が日常的に行う作業の大半は、インターネットがつながっている環境ならどこでもできるから、その土地にさっと行って、そこで作業をしながら、人と会うことを重ねていけば良い。

現在はコロナ禍ではあるけれども、この状況の中で自主隔離2週間を物ともせず、その土地に行って、たとえZoom経由の面談になったとしても、「ヤツは日本から来ているのか。見上げた根性だ」と思ってもらえれば上出来だろう。そうした単純なことに人は心を動かされ、何かをしてくれることがある。スタートアップは、そうした人の好意を頼りに、代表がどしどし無茶をして人間関係を作っていく中で、広がりができていくものだと思う。

Photography by Brett Sayles Redhaven

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