再導入された徴兵制とそれに対する支持

エストニア

2023年4月、ウクライナ-ロシア間での緊張状態を鑑みて、ラトビアで徴兵制度が復活した。これにより、アイスランド、ノルウェーを除く北欧とバルト三国すべてにおいて徴兵制度がある状態となった。周辺国との制度の違いと、ラトビア国内での徴兵に対する意見をみていく。

再導入された徴兵制とそれに対する支持

著者:ラトビアgram fellow さえきあき
公開日:2024年9月30日

北欧諸国とバルト三国の徴兵制度

ラトビアが徴兵制を復活させたことで、現在(2024年)ヨーロッパで徴兵がある国は、キプロス、ギリシャ、オーストリア、スイス、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニアの10か国となった。地図で見ると、徴兵制のある国が北に寄っているのがわかる。

画像出典元:Carnegie Endowment for International Peace https://carnegieendowment.org/research/2024/07/europes-conscription-challenge-lessons-from-nordic-and-baltic-states?lang=en

しかしながら、国ごとに少しずつその内容は異なる。

フィンランド、エストニアが「義務奉仕」と呼ばれる形式で、ある一定の年齢に達すると兵役の義務が生じるという形式だ。日本のお隣、韓国と同じ方式であるといえばわかりやすい。

ラトビア、リトアニア、デンマークが取り入れている方式が、抽選によるもの。どの国も自分から志願した人たちを優先的に迎え入れるが、足りない人員は抽選で選ぶ。最近だと、デンマークが徴兵に女性も対象として、さらには徴兵期間を伸ばすと発表したことで話題になった。

スウェーデン、ノルウェーが取り入れている方式が「選択的義務兵役」というもので、アンケートに基づいて選ばれたグループのみが徴兵の対象となり、抽選方式よりも個人の軍隊に入るかどうかの意思を尊重したシステムになっている。

ラトビアに再導入された経緯とその内容

2023年に導入された徴兵制は”復活”であり、2007年には一度廃止されていた。ロシアがクリミアを占領した際、スウェーデンとリトアニアは徴兵制を復活させたが、当時ラトビアは徴兵制を復活させることはせず、ボランティアと国防の専門教育を行うコースに頼ることで人員を賄っていた。また、徴兵制の復活を提案することは国民からの反対意見に晒されること必至であるため、誰も自身の政治的キャリアを捨ててまで徴兵制復活を提案しなかった。

しかし、2022年のウクライナ侵攻と国軍の欠員がこの方針を変える契機となり、結果的に徴兵制再導入に至った。

復活した徴兵制の対象となるのは、2004年1月以降に生まれた18から27歳の男性。徴兵期間はいくつか種類があるが基本的には11か月である。制度が復活して最初の2回はすべて志願者で構成されていたが、2024年の夏からは抽選で選ばれることになるという。18歳になって1年以内に徴兵の招集が来なければ抽選漏れということで、招集対象者のリストから除外され、国家群予備隊という場所へ配置される。

徴兵期間中の待遇を現地人はどう考えているのか

徴兵期間中は衣食住に関わるもの・訓練で使用する物資などはもちろん軍から支給される。加えて300€が毎月給料のような形で支払われる。この金額は招集されて兵役についた人に適用されたもので、自分から志願して徴兵に行くと、倍の600€が貰えるそうだ。そして徴兵期間を終えると1100€が追加報酬として与えられる。しかし、経済状況がいまいち上昇していない国とはいえ、600€は国の定める最低賃金にも満たない金額だ。これだけでは生活することはおそらく不可能である。11か月も拘束される上に、普通の生活が送れるかどうかも微妙な報酬しかもらうことができない。

そのため、毎月の給料が2倍になるという聞こえのいい政策も、実際ラトビア人の間では「給与目的で兵役にいくことは貧しくない限りは考えにくい。給与が300€でも構わないから、抽選漏れすることを願って招集が来るまで待っておく。」と言われているそうだ。

ラトビアのRiga Strandis Universityが2022年から2024年まで毎年約1000人を対象に徴兵制に対する国民の意見を調査したところ、徴兵制を支持する人々は年々増加していることが確認された。2022年には44.7%だった支持派が2024年には61.1%へと拡大した。徴兵に好意的な見解を示しているのは65歳以上の回答者で、この層だけ見ると支持派は74.7%にものぼった。

支持派のパーセンテージは地域によっても異なり、ロシアとベラルーシと隣接する地域では支持派は46.5%だった。これは地域に住むロシア系住民の多さによるものと考えられ、国境付近に住むロシア語ネイティブやロシア国籍の人々の意見が他地域よりも反映されてのことだと考えられる。

まとめ

徴兵制が再導入された背景にはウクライナ侵攻があったため、当初は半分近くの人が徴兵不支持であったが、少しずつ支持の方向に傾いてきている。しかし、徴兵対象者としてはできれば行きたくない、との声も一部ある。一度廃止になった徴兵制が復活することになったが、真に国民が望んでいることは再び徴兵が廃止されることだろう。

【参考】
◇Foreign Policy Research Institute:
https://www.fpri.org/article/2024/05/the-first-year-of-conscription-in-latvia/

◇Carnegie Endowment for International Peace:
https://carnegieendowment.org/research/2024/07/europes-conscription-challenge-lessons-from-nordic-and-baltic-states?lang=en

◇Library of Congress:
https://www.loc.gov/item/global-legal-monitor/2023-10-04/latvia-new-law-introduces-compulsory-military-service-starting-in-january-2024/#:~:text=Under%20this%20law%2C%20military%20service,had%20been%20abolished%20in%202006.

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さえきあき

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エストニア在住のgramフェロー 経済上から時事ネタ、現地のマナーまで幅広く執筆。

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