スペインバレンシアを襲った歴史的な洪水被害

スペイン

2024年10月下旬にスペインのバレンシアを襲った洪水は、記録的な降雨量で地域全体に近年で最も甚大な被害をもたらした。「DANA」という気象現象によって引き起こされた今回の災害は、一部地域では1㎡あたり300㍑を超える降水量が観測された。

急激な増水に伴い河川が氾濫し道路や橋などのインフラが瞬く間に破壊され、建物や車が水没したり、流されるなど壊滅的被害が発生した。

何千人もの住民の生活が打ち砕かれ、現時点で217人が死亡し、100人近くが行方不明となっていて地域一帯での救助活動が続けられている。

本記事では、バレンシア在住の筆者が現地での報道と自らの体験を含め、ここ数十年で最悪の災害と言われている現状をお伝えする。

スペインバレンシアを襲った歴史的な洪水被害

   著者:スペインgramフェロー 北田ミヤ
公開日:2025年2月10日

なぜ大災害が起きたのか?

今回の大洪水は局地的に大量の雨をもたらす「DANA」(寒冷低気圧)という気象現象により引き起こされた。一部地域では1日で1年分に相当する降水量が記録され、特に被害が大きかった場所では通常の年間降水量と同等かそれ以上の、1平方メートルあたり300㍑以上の降水量という異常な事態となった。

日本人の感覚で1日で1年間分の降水量と聞くとにわかには信じられない雨量だと思うが、東京の年間降水量が平均で1,400mm~1,600mmに対し、スペインバレンシアの晴天率は年間300日以上とされ、年間降水量は東京の約1/4強のおよそ450mm~480mmである。とはいえ、記録的な豪雨が短期間に集中したことで河川が瞬く間に氾濫し、排水システムや堤防が対応しきれずインフラが瞬時に破壊されてしまった。

専門家らは気候変動による異常気象を指摘している。地中海の異常な高温について注意を促しているロンドンのブルネル大学のカロラ・ケーニッヒ氏によると、今年8月中旬には観測史上最高の表面温度である摂氏28.47度を記録した。今回の洪水は、2022年〜2023年と長引いた干ばつ後に発生しており、気候変動に伴って干ばつと洪水のサイクルが増加していると警鐘を鳴らしている。

加えて人的被害が広がった原因として指摘されているのが、避難警報の遅れである。当局が事前に異常気象の予測を受けていながらそれを軽視し、迅速な対応を怠ったことで警報発令が遅れ、多くの住民が洪水の危険性に気づかず逃げ遅れ、死者・行方不明者数を増やすことにつながった。スペイン政府は今回の対応についての調査を進め、今後の改善を検討する姿勢を示している。

(写真:被災地の様子を伝えるニュース)
(写真:被災地の様子を伝えるニュース)
 
(写真:地中海をのぞむ普段美しい砂浜は瓦礫に覆われ立ち入り禁止に)

(参考元:TIME :What to Know About the Unprecedented Floods That Killed More Than 200 in Spain
https://time.com/7171889/spain-valencia-deadly-flash-floods/

(参考元:easeweather :Tokyo Historical Weather
https://www.easeweather.com/asia/japan/tokyo/past

(参考元:climate :Rainfall/ Precipitation in Valencia, Spain
https://www.climate.top/spain/valencia/precipitation/

災害前後の様子

災害が起こる前日、体感では日本の台風と同じような、まっすぐ立っていられない程の暴風雨が一晩中続いた。たまたまバレンシア州南部に滞在していた家族は暴風雨に加え、雹も降ってきたと伝えてきていたが、その時点ではここまでの大災害が起こるとは全く想像していなかった。

被害拡大の一因として指摘されている警報発令の遅れだが、実際、筆者が最初に携帯で受信した警報音での警告は、既に一部洪水が発生した後だと思われる8pm過ぎだった。警告文はスペイン語のみで、せめて英語でも同時に発信してもらえれば詳細が理解できるのに、と自国でない国で災害に見舞われることへの恐怖を実感した。

朝になり、報道によって様々な場所で深刻な被害が出ていることが明らかとなった。多くの地域で水、電気などライフラインが止まり、他の主要都市と繋がる道も洪水被害により寸断されたため物流もストップ。午後になってからスーパーに出向いたものの、精肉・鮮魚、水、野菜、卵、米などの売り場は既に空っぽになっていた。

たくさんの命が失われ、いまだに行方不明の方も多く、政府も国家非常事態の宣言に向け整備をすすめる中、筆者自宅近くに設けられたボランティアの受付所は、翌31日の朝には長靴やスコップ、モップなどを装備した若者世代を中心とした人々で溢れ、長蛇の列ができていた。それから1週間、毎日大型バスで各々の担当となった被災地に向かい、泥まみれになって帰ってくる様子を目の当たりにし、頭が下がる思いである。

報道によると、毎日数千人のボランティアが救助部隊や警察の増援となっている。今回被災した69の地域の多くはバレンシア市の南郊外に位置している。ESAが提供しているtheUSLandsat-8 衛星からの画像は災害の規模を鮮明に示しており、災害前(2024/10/8)と後(2024/10/30)の衛星写真では、バレンシア一帯の景色が一変していることが一目瞭然で、あまりの変化に愕然とさせられる。

(写真:ESA提供の災害前後の衛星写真)

(参考元:TIME :What to Know About the Unprecedented Floods That Killed More Than 200 in Spain
https://time.com/7171889/spain-valencia-deadly-flash-floods/

(参考元:ESA :Valencia flood disaster
https://www.esa.int/ESA_Multimedia/Images/2024/10/Valencia_flood_disaster

被災者の怒りの矛先

ペドロ・サンチェス首相は財政援助への迅速な対応を可能にする災害宣言を承認予定で、バレンシア州知事のカルロス・マソン氏も追加の経済支援を発表するなど対応に追われている中、災害対応の遅れや予防措置の不備などが次々と明らかとなり住民の政府に対する失望、怒り、不満や批判が噴出している。

まず、警報発令の遅れである。携帯電話の緊急警報が鳴ったのは、気象庁が大雨を示す赤色警報を発令した7:36amからずっと後の8pm過ぎで、既に一部地域で洪水が発生していた。

また、今回難を逃れたバレンシア市中心部はトゥリア川の分水工事で防御策がとられていたが、郊外や周辺地域には十分な対策が施されておらず、インフラ整備の不備により多くの被害が集中した。

11月3日に最も被害が大きかった地域のひとつであるPaiportaを慰問したフェリペ6世、レティシア王妃、サンチェス首相、マソンバレンシア州知事は、住民から「出ていけ(Fuera)」「辞任しろ(Dimision)」「人殺し(Asesino)」など強い非難の言葉を浴び、泥を投げつけられたりしたという。

11月9日夜にはバレンシア市庁舎で、マソン州知事の辞任を要求する約13万人の大規模なデモが行われ、抗議者と警察が激しく衝突した。

(写真:緊急医療サービス、災害支援、人道的活動に使用される車両)

(参考元:RTVE.es :Gritos de “asesinos” y lanzamiento de barro a la comitiva real, Sánchez y Mazón en su visita a Paiporta
https://www.rtve.es/noticias/20241102/gritos-barro-reyes-sanchez-mazon-visita-paiporta-chiva-valencia-dana/16313696.shtml

(参考元:lemonde :Thousands protest in Valencia as distrust in Spanish government grows over flood response
https://www.lemonde.fr/en/international/article/2024/11/10/thousands-protest-in-valencia-as-distrust-in-spanish-government-grows-over-flood-response_6732317_4.html

まとめ

もともと地中海沿岸地域は降雨量が少ないこともあり、インフラ設計が洪水対応に弱く、河川管理も十分ではないという問題があった。今回の洪水は、記録的な大雨による河川の氾濫と排水インフラの弱さが露呈する形で被害が拡大した。

この災害は気候変動による異常気象も影響していると指摘されているが、今後も急激な天候変化が頻発することで同様の災害リスクが高まる可能性が懸念される。

発生から1週間以上が経過した現在も依然として主要道路や鉄道は寸断されていて、復旧には何ヶ月もかかる見込みだ。多くの批判を浴びながら政府や自治体は緊急支援を行っているが、地域全体の完全な再建には相当な時間がかかりそうだ。

北田ミヤ

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スペイン在住のgramフェロー 経済上から時事ネタ、現地のマナーまで幅広く執筆。

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