電気自由化の弊害?テキサス州を襲った大規模停電
2021年2月15日から16日にかけて、歴史的な寒波が襲っていたテキサス州で州全域をカバーする電力送電網がダウンし、大規模な停電が発生した。米国の歴史始まって以来の大規模停電である。450万人が影響を受け、経済損失は500億ドルにも上った。
大規模停電は通例、各国電力業界で事例として共有され、以降の類似現象発生に備えて対策がなされる。小職は電力供給や再生可能エネルギーに関する著書もあり、こうした大規模停電事案も業務のカバー範囲であるため、大変に興味を持った。関連報道からわかった事柄をまとめてみたい。
著者:gramマネージャー 今泉 大輔
公開日:2021年3月24日
テキサス州を襲った 経済損失5兆円超の大規模停電はこうして起きた!
なぜ大規模停電が発生したのか?
2021年2月中旬は全米各地を大寒波が襲っており、テキサス州では近年に経験したことのない零下10度以下の気温となった。これにより家庭やオフィスにおける暖房の電力需要が急激に跳ね上がった一方、以下に記す原因により発電ができなくなった発電所が多数出た。
電力の需要と供給は常に同一である必要がある。これを電力業界の用語で「同時同量」と言う。急激に跳ね上がった電力需要に発電による電力供給が追い付かない場合、周波数が不安定になる(周波数は発電機の回転数を示す。1秒間に50回転する場合は50Hz)。
電力供給の周波数はヘルツ(Hz)で表される。日本では50Hzの東日本区域でも、60Hzの西日本区域でも、プラスマイナス0.2〜0.3Hzのブレが許容範囲だと言われている。これを超えて周波数が不安定になると、例えばモーターの精密な回転が製品品質に影響を与える紡績の糸巻きにおいて、巻きが不揃いになり、品質に影響が出る。半導体製造でも影響があると言われている。需要家である工場からは電力会社にクレームが上がる。
米国テキサス州の周波数は60Hz。停電直前には59.93Hzまで下がった。これは同時同量が実現できなくなる一歩直前である。同州全体の電力供給をコントロールしているERCOTでは、このままでは周波数変動により域内の発電機が損傷する可能性が出てきたため、州内の多数の地域において意図的に電力供給を止めた。電力の需要を一瞬のうちにカットし、不足していた発電量でカバーできる電力供給水準まで下げたのである。これによりカットされた地区では停電が広がった。
南極のような寒さが襲っているなか、ピーク時には450万人の人々が電力供給を受けられなくなり、暖房も照明もない生活が何日間か続いた。
電力供給を守るための判断
電力の供給は上述のように同時同量で行われている。時々刻々と変化する電力需要に合わせて、発電機の運用を細かく調整しているのだ。例えば、日本の典型的な平日の朝の場合、午前6時から7時にかけて電力需要が急激に増大する。それに合わせて、電力会社が持つ多数の発電所のうち、短時間のうちに出力を上げやすい火力発電機を多く回すようにして、この電力需要に応える。
私たちが家庭で電気を使っているだけでは全く気づかないが、電力会社側では、常にリアルタイムで電力需要を完全に追従できるように、ありとあらゆる手段を講じているのである。
電力供給は通例「翌日の電力需要量の予測」と「翌日の複数の発電所の発電計画」の両方をぴったりと合わせることで行われている。電力供給側は、長年の業務で慣れているから、翌日の天気予報を基に、また過去の同じ日の電力需要の記録を基に、ほぼ正確に翌日の電力需要量を予測できる。その予測に基づいて発電所を動かせば良い。発電量と需要量がぴったり合うから、正確に50Hzないし60Hzの電力が供給できる。
しかし、この日のテキサス州は、過去数十年に経験したことのないような大寒波が襲った。平常時のように発電計画が練られて運用されていたところ、カバーできない大きな電力需要が立ち上がって、同時同量が達成できない事態となった。
電力網で同時同量が達成できないと発電機が大きな損傷を受ける。実はすべての発電機は同じ速度で回っている。同期しているのである。この同期がテキサス州の場合1秒間に60回転、すなわち60Hz。電力網のどこかで電力需要が急激に上がるか下がるかして、発電量が追いつかない場合、周波数が急激に上振れしたり下振れしたりする。それによって、域内のすべての発電機も回転が急激に速くなったり遅くなったりする。これが発電機の許容範囲に収まっていれば良いが、それを超えて発電機の回転が早まる、あるいは遅くなる場合、域内の全発電機がダメになってしまう。いったんこれが起こると、電力網全域の発電機の修理が済むまでに、数週間から数カ月を要する事態となる。
これを避けるために、電力供給側は、ある時をもって、電力需要を切り離すのである。それが意図的な停電である。これが2月15日から16日にかけて起こった。
原発46基分もの発電所が止まった不運
この時のテキサス州では、様々な不運が重なっていた。
まず、零下10度以下の気温により、風力発電機の可動部が凍りついてしまい、回らなくなった。2月16日時点で合計16GW(ギガワット)の風量発電機群が停止していた。1GWで原子力発電所1基分(100万kW=1GW)である。原発16基分もの風力発電所が大寒波によって動かなくなった。報道によるとテキサス州は夏が暑い州である。冬の備えはないようだ。
続いて、ガス火力発電所と石炭火力、原子力発電所が運転できなくなった。これが30GWに上った。
合計で原発46基分もの発電所が止まってしまい、電力需要に追従できなくなった。
特に痛手が大きかったのがガス発電所の運転停止である。これにはテキサス州ならではの事情が反映していた。
テキサス州は石油と天然ガスを産出するエネルギー産出州である。米国を代表する石油会社などがテキサス州ヒューストンに拠点を置いている。
同州のガス発電所は、ガス田から伸びるパイプラインで燃料のガスが供給されている。報道によれば途中にバッファはないようだ。つまり、今焚く燃料のガスを今パイプラインから供給を受けてガス発電機が回るのである。天然ガスが貴重な資源である日本から見れば、まことに大らかな供給体制だ。日本では、すべての火力発電所では、少なくとも1ヶ月分の燃料のバッファを持って運用されている。
この日のテキサス州の極寒の気温で、要所要所に可動部を持つガスパイプラインからのガス供給がストップした。火力発電所は燃料がなければ発電できない。これによって原発10〜20基分にも上るガス発電機が止まった。
エネルギー産出州ゆえの全米からの孤立
さらに停電の被害を大規模なものにした要因に、テキサス州の電力網(グリッド)が全米規模のグリッドから独立していることがあった。
今回の報道で初めて知ったが、米国では現在、東側の諸州をカバーするグリッドと、西側の諸州をカバーするグリッドのどちらかが、米国大陸のすべての州をカバーしており、万一供給が不足した場合に、よその州からの応援(電力融通と呼ばれる)を頼むことができる。
テキサス州は、油田とガス田を多く持つエネルギー産出州であり、エネルギーについてはプライドが高い。「エネルギーの独立」という考え方を貫いているそうで、これはつまり、他州からの応援は不要という意味である。そこでテキサス州のグリッドは、全米をカバーする東側のグリッドにも西側のグリッドにも接続されていない、独立したグリッドとなっている。これが今回の大規模停電の遠因となった。
テクニカルな話だが、全米大の西側グリッド、および東側グリッドに接続されている電力会社等には、統一の規制が及んで、設備や機器のメンテナンスで厳しい運用がなされている。例えば老朽化は放置されない。
それに対して、テキサス州はどちらのグリッドにも参加していないため、厳しい規制が及ばず、州内グリッドのあちこちで、メンテナンスがよく行われていない設備や機器が多数あったという指摘がある。それがために、発電所の発電機が再び回るようになっても、電力が来ない区域が多数残った。それにより停電が何日も続いたのである。
この停電の影響は、報じられているように、水の供給にも大きな影響を与えた。水道関連設備が凍りついただけでなく、停電の影響でも動かなくなり、テキサス州の膨大な数の世帯において水道水が使えなくなった。
以上のことから、テキサス州では今後、電力制度についての議論が活発化するだろう。
電力自由化の弊害
報道によると、テキサス州は電力自由化が最も進んだ州の1つだと言う。電力自由化が進むとは、民間企業の営利目的の企業活動が活発化することでもある。民間企業は、100年に1度起こるかという突発時に向けて、電力供給の安定性を担保する投資を行うものではないから、何かが起こった時に大きな災難が発生する。それが今回の事案だろう。
電力自由化が進むと卸電力の市場も自由化され、供給の逼迫が起こると、電力料金が通常の数十倍にもなることが多々起こる。テキサス州では通常の100倍にも跳ね上がった。これにより高額な卸価格で買い入れをしても、消費者やビジネス顧客に価格転嫁ができない小売業者が複数出たようである。日経報道によれば、価格転嫁できない小売事業者は、債務不履行に陥る可能性もあると指摘されている。電力自由化の弊害が大きく出た事案となりつつある。
資料として参考にした記事
・2021年2月17日 The Texas Tribune:
No, frozen wind turbines aren’t the main culprit for Texas’ power outages
https://www.texastribune.org/2021/02/16/texas-wind-turbines-frozen/
・2021年2月20日、Bloomberg:
The Two Hours That Nearly Destroyed Texas’s Electric Grid
https://www.bloomberg.com/news/features/2021-02-20/texas-blackout-how-the-electrical-grid-failed
・2021年2月20日、The Guardian:
Why the cold weather caused huge Texas blackouts – a visual explainer
https://www.theguardian.com/us-news/2021/feb/20/texas-power-grid-explainer-winter-weather
・2021年2月24日、NBCDFW:
ERCOT: Texas Was 4 Minutes and 37 Seconds Away From a Blackout That Could Have Lasted Months
https://www.nbcdfw.com/investigations/ercot-texas-was-4-minutes-and-37-seconds-away-from-a-blackout-that-could-have-lasted-months/2562592/
・2021年2月25日、日経:
米南部の大寒波、電力信用危機に 自由化の安全弁課題
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN252JW0V20C21A2000000/