シンガポールで活況を呈する培養食材市場
2020年12月19日、シンガポールのレストラン1880で、米国の新興企業Eat Justが製造した培養鶏肉「GOOD Chicken」のメニューが提供開始となった。
2020年10月には、Shiok Meatsが資金調達を発表、クリーンで持続可能な、残虐性のないエビと甲殻類を生産するとしていた。また、2020年6月には「世界初の細胞ミルク」を開発しているシンガポールを拠点とする新興バイオテクノロジー企業タートルツリーラボが、世界的な投資家から総額320万米ドルのシード資金調達を完了したと発表していた。
このように、シンガポールでは培養肉をはじめとした培養食材市場の投資が活況を呈している。
今回はこのシンガポールにおける培養食材市場の最新事例を紹介する。
シンガポールで活況を呈する培養食材市場
著者:gram 福田 さやか
公開日:2020年12月25日
培養肉の製造
まず、つい先日発表となったGOOD Chicken。これは、レストランで販売され、提供される初の培養肉となる。この提供元は、2011年に設立されたEat Just社である。創業者のTetrick氏によると、同社は2016年に動物細胞を使った培養鶏の開発を開始した。2011年以降、同社はこれまでに3億ドルの資金調達を行い、直近では12億ドルの評価を受けている。
GOOD Chickenを作るためには、家禽から少量の動物細胞を採取する。この細胞にはアミノ酸、炭水化物、ミネラル、脂質、ビタミンなど、動物が成長・増殖するために必要な栄養素が含まれているという。そこから、細胞は触媒を使用して高速で肉に成長。培養鶏を作成するためには、約14日かかるが、これはひよこが生まれてから成鳥になり、屠殺されるまで約45日かかる従来のプロセスよりも速いという。Eat Justは、北カリフォルニアとシンガポールに製造施設を持ち、製品を生産している。
培養食材製造への障壁
CNBCの報道によると、Tetrick氏は、「我々はスケールアップを続けることができる場所にあると考えています」と述べ、米国や他の国からの規制当局の承認を得ることに向けて取り組んできたと述べている。Tetrick氏は、シンガポール政府が販売のための培養鶏を承認するために2年以上かかったとし、「シンガポール政府は安全性委員会を任命した。彼らは、細胞株の品質、製造プロセスを見て、これが安全であると判断したのです」と述べている。また、シンガポールを先行させていることについては、「この先アメリカなど他市場にも培養鶏肉を拡大していくつもりだが、今のところシンガポールの培養肉に対する規制制度が他国と比べて進んでいる」ともしている。
規制当局の承認に加えて、培養肉の新興企業が直面する最大の障壁の一つが生産コストの高さである。ブルームバーグによると、培養肉の製造には1キログラムあたり400ドルから2,000ドルかかるという。CNBCによれば、2013年にオランダの新興企業Mosa Meatは、実験室栽培のハンバーガーを作るのに28万ドルかかったと述べたが、最近ではコストを下げる方法を見つけたという。ロイター通信によると、Mosa Meatは2021年までに、実験室で育てたハンバーガーパティを10ドル程度で販売したいと考えているという。
Blue Horizon Corp.の予測によると、2030年までに細胞を利用した食肉市場は1400億ドルに達すると予測されている。培養肉の新興企業は、大手投資家の注目を集めている。例えば、カリフォルニア州に本社を置くメンフィス・ミーツ社は、ビル・ゲイツ、リカール・ブランソン、タイソン・フーズ社を投資家に迎えている。
「世界初の細胞ミルク」の開発
一方、「世界初の細胞ミルク」を開発しているシンガポールを拠点とする新興バイオテクノロジー企業タートルツリーラボという会社もある。
同社は、世界的な投資家から総額320万米ドルのシード資金調達を完了したと2020年6月に発表している。
シンガポールは、食料安全保障の実現に向けて、プラントベースや高たんぱく質を中心としたフードテック産業を推進している。
タートルツリーラボは、コロナの感染拡大の期間中も、シンガポール政府と投資家からの支援のおかげで、活動を継続することができたという。
ビーガン系報道のVEGONOMICSによれば、共同設立者のマックス・ライ氏は「私たちのチームは、Enterprise Singaporeと投資家からのサポートのおかげで、精力的に活動しています。私たちはこれまでと同様に集中しており、マイルストーンを達成し続けることを目指しています」と説明したという。
同社は、幹細胞からクリーンな牛乳を作る特許技術を有している。シンガポールの長期的な食料多様化への取り組みを強化するために、持続可能な牛乳源を提供することを目指している。タートルツリーラボのウェブサイトでは、同社は高品質な母乳と牛乳に重点を置いていると説明している。同社は450億ドル規模の乳児栄養市場を変革することを目指しており、2026年には1030億ドルにまで成長するとしている。
今回のラウンドに参加したグリーンマンデーの創設者であるデビッド・ユン氏は、プレスリリースで以下のように述べている:「アジアにおけるフードテックのイノベーションは、はるかに遅れています。急速に悪化する気候変動の状況が世界を納得させるには十分でないとすれば、パンデミックは、公衆衛生、食の安全、食糧安全保障のために食糧システムを再構築する必要があるという緊急性を確実に示しています。グリーンマンデー・ベンチャーズがタートルツリー研究所に投資し、協力することに興奮している理由はここにあります。 私たちは、彼らのバイオテクノロジー・イノベーション・プラットフォームに計り知れない可能性を感じていますし、私たちが一緒に大きなインパクトを与えることができるでしょう。」
培養エビの養殖
また、培養エビもある。
2020年10月、シンガポールのShiok Meatsが1260万ドルのシリーズA資金調達ラウンドを発表した。エビと甲殻類をクリーンで持続可能に生産するとしている。同社は世界初の細胞ベースの甲殻類食肉会社であり、東南アジア初の細胞ベースの食肉会社となっている。
Shiok Meatsは、筋肉、脂肪、幹細胞生物学の分野で20年以上の経験を持つ2人の幹細胞科学者、Dr. Sandhya SriramとDr. Ka Yi Lingによって2018年8月に設立された。同社の使命は、清潔で健康的な魚介類を生産することであり、細胞をベースにした生産プロセスは、非遺伝子組み換え、化学薬品、抗生物質を使用していない。
このシリーズAラウンドは、持続可能な養殖に焦点を当てた初の投資ファンドであるAqua-Sparkが主導。彼らの主力製品は、エビ養殖業に代わるクリーンでトレーサビリティーの高い代替品を提供する、細胞ベースのエビである。
今回の資金は、同社が2022年に海老ミンチ製品を発売する予定の、世界初の商業用パイロットプラントの建設に貢献することになる。これにより、同社は、細胞ベースの甲殻類生産のための完全に機能する商業用パイロットプラントを持つ世界初の企業となる予定である。
エビ市場は世界で500億ドル規模の市場で、ベトナム、タイ、インドネシア、インドが主な生産国となっている。現在市場に出回っているもののほとんどは、工場や農場で飼育され、抗生物質や化学薬品、ホルモン剤で処理されている。従来の生産プロセスは、乱獲、虚偽表示、ラベル表示の誤り、排水、重金属、マイクロプラスチックによる汚染などの原因となっていることが多い。このような生産形態は持続不可能であり、同社はこのニーズに対応し、人々が安全なソースからクリーンなエビ、カニ、ロブスターを食べることができるよう目指している。クリーンな食肉生産により、業界の温室効果ガス排出量を96%、エネルギー消費量を45%、土地使用量を99%、水の消費量を96%削減することが可能だという。
国内外の培養食材企業が集結しはじめているシンガポール
以上のように、規制を緩和しているシンガポールには、シンガポール発の培養食材企業や海外のベンチャーが集結し始めている。シンガポールは食材のほとんどを輸入に頼っており、培養食材への期待は高い。
シンガポール政府自体も、先進的な技術の導入事例を同国内で優遇し、誘致、育成して海外に広めるという戦略を色々な方面で採用しており、これもその一つと言えるだろう。