タイで盛り上がる政権および王室への批判デモの背景

タイ

2020年10月19日現在、日々激化するタイ政権や王室への国民の批判デモに関するニュースが毎日のように報道されている。
最新のデモに関する情報はニュース報道に譲るとして、今回はなぜこのような事態に陥っているのかの解説をしたい。
タイには多くの日系企業が進出しており、ASEAN(東南アジア諸国連合)の製造業等のハブ的な側面も持つタイの騒乱は、日本も注視していく必要がある。

タイで盛り上がる政権および王室への批判デモの背景

著者:gram 福田 さやか 
公開日:2020年10月28日

国別概要情報 タイ(Thai)

プミポン前国王への絶対的な信頼と敬愛

タイの王室と言えば、プミポン前国王(2016年10月崩御)に対するタイ国民の絶対的な信頼と敬愛がよく知られている。これ以外に、タイでは「不敬罪」というものがあり、刑法112条において、「国王、王妃、王位継承者あるいは摂政に対して中傷する、侮辱するあるいは敵意をあらわにする者は、何人も三年から十五年の禁固刑に処するものとする」とされている。このように、国民の絶対的な敬愛があり、プミポン前国王は非常に愛されていたが、それとは別に、王室を批判してはいけないという法律もある訳で、批判はそもそも法律違反なのである。

筆者は2001年から2007年までタイに駐在していた経験があるが、その際、友人や知人からいかにプミポン前国王は素晴らしいかを異口同音に聞かされていた。毎日決まった時間に国歌が流れ、そのときに立ち止まって敬意を表したり、映画の最初に国王の社会貢献活動のビデオと共に国歌が流れ、立ち上がったりするタイ国民の姿を見るに付け、形だけではなく、心から敬意を表しているなと感じられたものである。

友人に良く聞かされていたのは、「タイ国民は国王だからプミポン国王を敬愛しているのではない、素晴らしい人物であり、タイ社会に貢献しているので敬愛しているのである」ということである。事実、プミポン前国王は、山岳民族のケシ栽培と焼き畑農業からの脱却事業や、干ばつ被害が予測される地域への人工降雨プロジェクトなど、数多くの社会貢献活動を指揮したり、繰り返されるクーデターや政争に対し、両首脳を呼び出して仲裁に入ったりと、タイの安定的な発展を支えてきた。

ワチラロンコン現国王への不信

その国王が崩御した後、即位したのが現在のワチラロンコン国王である。次期国王に対する懸念はワチラロンコン国王が皇太子の時からタイ国民の心の中にあったが、その懸念のもにあったのは、プミポン前国王とは180度異なるといっても良いその素行の数々である。

4度にわたる結婚とその合間の愛人問題がたびたび浮上、そのたびに国民を意気消沈させている。更に2016年7月22日には、ワチラロンコン国王がドイツに持つ別荘に向かう途中のミュンヘン空港での姿を現地のタブロイド紙が発表している。上は女もののタンクトップ、下はジーンズにサンダル姿で、背中には大きな刺青が施されていた写真記事は世界中に拡散された(刺青はペイントであるが)。また、ドイツでの贅沢三昧な暮らしぶりは国民の知るところとなっている。

王室改革を求める声

このような状況から、当初は主に政権退陣を主張していたデモ隊であったが、今年8月以降、一部参加者から王室改革を求める声が上がり始めている。

デモ隊の主要グループの一つは、王室の政治関与をなくすことや、財産管理の見直しなどを求めている。コロナ禍で国民生活が疲弊するなか、タイ王室が世界有数の資産を持つことも不満の背景にあるとみられている。

デモ隊のグループは、農村部の貧しい人たちの代弁をしてきたタクシン元首相とその支持者グループである、いわゆる「赤シャツ派」、プミポン前国王の生まれた月曜日のシンボルカラーである黄色をシンボルとし、タクシン派が王室を脅かす存在であるとして、国王や王室を守ることを前提として活動、タクシン元首相による「ばらまき政策」とも取れる政策により税を上げられた富裕層・中間層、また、タクシンが不正をしたという情報を得ている都心部エリート層などから成っている。

しかし、この層も、プミポン前国王の王室を守る意識はあっても、現国王に対しては疑念を持ち始めているのは確かだと思われる。

コロナによる経済への大打撃も背景に

タイでは主要産業の柱である観光と輸出が大きく落ち込んでおり、2020年の実質国内総生産(GDP)はアジア通貨危機時の1998年(前年比7.6%減)を超すマイナス成長になる可能性があるとみられている。世界銀行は、1日あたり5.5ドル未満で生活する貧困層がタイで2020年4~6月期に前期比で倍増し、国民の1割強に当たる970万人に達したと推計している。こうした状況を背景に、日に日に国民の不満は強まっており、不敬罪があるタイで異例の王室批判が繰り広げられているとみられている。

タイには多くの日系企業が進出しており、バンコク日本人商工会議所会員数は2020年6月時点で1,733社である。ASEAN(東南アジア諸国連合)の製造業等のハブ的な側面も持つタイの騒乱は、日本も注視していく必要がある。

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