ロシアへの圧力になるか?ドル取引停止、経済制裁案をめぐる考察(2022年1月21日時点の考察)

ウクライナ情勢

ロシアがウクライナ国境で10万人規模のロシア軍を展開し、明日にも侵攻が始まる兆しを見せている(本記事は2022年1月21日時点の状況を元に書かれている)。 仮に、本当にウクライナ侵攻がなされれば、米国や英国など英語で”Allies”と表現される軍事的な同盟関係の国々は、もちろんNATOを含め、何らかの軍事的な反撃をロシアに加えるのは必至だ。
しかし、経済人にとってもっと注視しなければならないのは、米国を初めとする西側諸国が一致団結して課す経済制裁(sanctions)である。これに関する報道が多く行われているので、整理してみたい。

ロシアのウクライナ侵攻によるドル取引停止、その他経済制裁案をめぐる考察

著者:gramマネージャー 今泉 大輔
公開日:2022年1月21日

1. SWIFTからの切り離し

世界のほとんどの銀行が加盟する決済ネットワークSWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)からロシアの銀行を切り離す案については、2021年12月上旬から報道されている。

RadioFreeEurope RadioLiberty:
The ‘Nuclear Option’: What Is SWIFT And What Happens If Russia Is Cut Off From It? (「核オプション」:ロシアがSWIFTから切り離されれば何が起こるのか?)

https://www.rferl.org/a/russia-swift-nuclear-option/31601868.html

この経済制裁は、イランのような小国は例外として、大国に対して適用された前例はなく、もし実施されればプーチン大統領にとって「あたかも核爆弾が投下されたかのような」ダメージを与える。そのことから「核オプション」という表現がなされている。

SWIFTには世界200カ国の銀行1万1,000行が加盟、このネットワーク上で毎日4,200万件の銀行間決済情報のやりとりがなされている(SWIFT https://www.swift.com/about-us/discover-swift/fin-traffic-figures)。金額ベースでは1日4兆〜5兆ドルに上る。ロシアの全銀行がこの決済から排除されるのがこのオプションである。SWIFT本部はベルギーにあり、ベルギー国内法とEU法で規制されている。双方が決定すれば、ロシアの銀行を排除することは可能だ。

仮にロシア銀行のSWIFT切り離しがなされると、何が起こるのか?報道では見方はまちまちだが、おおむね次のことが直接的な効果として予測される。

・ロシアの輸出総額4,070億ドルに占める化石燃料輸出額は2,330億ドル、57%に上る。この売上代金がロシアに入って来なくなる。あるいは、着金が大幅に遅れる。
・ロシアは国内で産出できない酪農製品、牛肉等の畜産製品を輸入に頼っていると言われる。こうした食品の輸入代金支払いができなくなり、輸入がストップする。
・ロシアの輸入総額2,380億ドルのうち、上位は自動車、薬品、自動車部品、放送機材、航空機・ヘリコプターである。こうした製品の輸入がストップする。特に自動車の国内生産はできなくなることが予想される。軍事車両の生産も止まるだろう。

ロシアの輸出金額(単位10億ドル)

輸出総額407.0輸出総額に占める比率
   原油123.030.2%
   精製石油66.216.3%
   天然ガス26.36.5%
   練炭17.64.3%
   小麦8.12.0%
出典:OEC: Russia, Exports and Imports
https://oec.world/en/profile/country/rus


一方で、この「核オプション」は西側にとっても大きな打撃を与える。ドイツを初めとする欧州はロシアから原油、精製石油、天然ガスを多く輸入している。

例えば、2011年から稼働している天然ガスパイプラインのNord Stream 1は、年間550億立方メートルの天然ガスを欧州に送り届けている。規模を把握するために日本の輸入量と比較すると、日本のLNG輸入量は2019年に年間7,650万トン。これを天然ガスの立方メートルに換算すると(INPEX資料 https://www.inpex.co.jp/ir/unit.html )1,040億立方メートル。全量を輸入に頼る日本のほぼ半分の量のガスがNord Stream 1を通じてロシアから欧州に販売されている。その規模は極めて大きい。

ロシアと欧州をつないでいる天然ガスパイプラインは他にもある(以下の記事の地図を参照)。

Europe gas prices: How far is Russia responsible?
https://www.bbc.com/news/58888451

こうした膨大なガスの販売が、代金決済ができないがために止まる可能性がある。

日本ではよく知られていないが、欧州では2021年夏からエネルギー危機が起こっている。簡単に言えば、天然ガスの輸入量が不足していて、産業や民生の各分野においてガス不足から来る電力料金の高騰や食肉生産量の減少などの問題が発生した。英国では消費者の電力料金が前年比3倍にもなった。それに加えてロシアからの天然ガス輸入がストップするようなことがあれば、欧州のエネルギー危機は想像を絶する領域に入っていく。

これがあるため、ロシアの銀行をSWIFTネットワークから締め出すことは、現実的には行われないのではないかと予測する報道も複数ある。

2. ルーブルの下落

ロシアの銀行がSWIFTから締め出されると、ロシアン・ルーブルの対ドル価値が暴落する事態にもなりかねない。これが起こると、ロシアが必ず輸入しなければならない上記品目の調達が極めて困難になる。日常的には、輸入している酪農製品や牛肉などがロシア国民にとっては手の届かない高級食材ということになるだろう。

3. Nord Stream 2の凍結

国家としてのロシアに大きな経済的打撃を与える方策として期待されているのが、すでに完成しているガスパイプラインNord Stream 2の営業を当面認めないという方策である。

Nord Stream 2はドイツ国内法とEU法の管轄下にあり、双方が認可しないと営業ができない。ウクライナ侵攻に対する罰則としてこれを認可しない訳である。

Nord Stream 2もNord Stream 1と同様に年間550億立方メートルの天然ガスを売ることができる。この収入源が止まることはロシアにとって大きな打撃となる。

一方、すでにキャッシュが入っているものを止める訳ではないから、戦略的な制裁とは言えないかも知れない。

4. その他

その他の経済制裁として、米国が北朝鮮やイランなどに課してきた、高級官僚等の海外資産凍結、指定された企業との間の取引停止などが予想されるが、これらは前例がある制裁であり、甚大な効果を及ぼすにはほど遠い。

一部では、ロシアの富裕層(政府系のコネクションによる蓄財で富を成した層)に対する制裁として、ロシア発のプライベートジェットの着陸を西側諸国で認めないといった策も論じられているが(Twitter上のジャーナリストDavid Frum氏 https://twitter.com/davidfrum/status/1483820763404718084)、効果は限られている。

最後に

本当にインパクトのある経済制裁をロシアに課し、ウクライナ侵攻のコストを長期に渡ってロシアに支払わせる発想なら、やはりSWIFTからの切り離しになるのではなかろうか?

ロシア関連のビジネスを行う方々は関連報道をよく見ておいて、大きな変化に備えるのが良いだろう。
混乱が起こってからでは、対応がしにくくなる可能性がある。

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