シンガポール:「エリートビザ」の導入にみる高度人材獲得競争

シンガポール

シンガポール人材開発省は、2023年1月から、月収3万シンガポールドル(約300万円)以上を条件に複数の企業での同時勤務を認め、さらに通常より長い5年間の滞在を認める新たなビザ(査証)を導入することを発表しました。
シンガポールは人材国家といわれ、1965年のマレーシアからの独立以降、資源を持たない小国でありながら急速な経済発展を遂げ、現在では1人当たりGDPでは日本を超す豊かな国となりましたが、その成功の鍵の1つは人材政策にあります。
そこで今回の記事では、シンガポールの「エリートビザ」導入とその背景について解説します。

「エリートビザ」の導入にみる高度人材獲得競争

   著者:マレーシアgramフェロー Malay Dragon 
公開日:2022年10月5日

エリートビザ新設

シンガポールが新設する就労ビザ「Overseas Networks & Expertise Pass(ONE Pass、海外ネットワーク&専門知識パス)」は、過去1年の固定給あるいはシンガポールで勤務後の固定給が3万シンガポールドル以上の外国人材が対象です。取得要件のハードルが高いかわりに、滞在可能期間は通常の専門職ビザの2~3年より長く、さらに複数の企業で同時に働けるようになります。配偶者も「LOC」と呼ばれる承諾証を得れば、シンガポールで働くことができます。
この新しい就労ビザは、シンガポールの外国人労働者のわずか5%を占める高級グループを引きつけるためのものです。
通常シンガポールでは、企業は外国人を募集する前に官営の求人サイト「マイキャリアズフューチャー」で、国民や永住権(PR)保持者向けの求人を行わなければならないのですが、ONE PASS保有者の採用にあたってはこの規制の対象外となります。
一方、この就労ビザの保有者は、人材開発省に対してシンガポール経済への貢献度合いを確認するための活動報告を毎年行う必要があるとしています。

シンガポールの徹底したエリート教育

シンガポールのエリート主義の徹底は、小国として、存亡をかけて効率よく経済発展を行う必要があるという現実と、建国の父であるリー・クアンユー初代首相の信条によるところが大きいです。リー氏は、「結果の不平等を解決するためには、最も有能な人をパブリックサービスに就かせるべきだ」という思想のもと国家建設にあたり、実力主義の徹底を図りました。
教育では2ヵ国語教育と選抜主義的教育を推し進め、小学と中学の課程では、英語を第一言語として、第二言語は母国語(中国語、マレー語、タミル語など)を学習します。第二言語で学ぶのは道徳や文学、歴史などの一部の教科となっています。
シンガポール教育省は、この2ヵ国語政策を「シンガポールの教育政策の礎石」であるとして、「英語能力は子どもたちをグローバル化した世界に組みこむため、そして母国語能力は自らのルーツを保持し、中国やインドの台頭や、そしてASEANの統合の時代において競争力を持つことを可能にするため」と明確に意義付けています。

各国がしのぎを削る高度人材の獲得

報道によると、タイは9月から電気自動車(EV)や医療など重要分野の高度人材を求め、期間10年の長期ビザを導入する予定です。英国は5月に、世界のトップ大学の卒業生を対象に就職先を事前に確保しなくても申請、取得できるビザを新設しており、高度人材の獲得競争が激化しています。隣国マレーシアも、富裕層外国人向けの長期滞在ビザ「プレミアム・ビザ・プログラム(PVIP)」の申請受付を10月1日から開始します。
リー・シェンロン首相は年次演説で「シンガポールには他国に後れを取る余裕がない」と述べ、危機感をあらわにしています。

コロナからの回復に先手

シンガポールはコロナ禍の国境管理政策のあおりで、人口が約20年ぶりに減少に転じていましたが、コロナの感染拡大で一時厳しく制限されていた国境を越えた移動もほぼ以前の状態に戻りつつあります。優秀な人材の国境を越えた移動が再び活発になってきていて、高度人材の獲得競争で先手を打ち、新型コロナウイルスによる打撃からの経済回復にはずみをつける狙いです。

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