放牧に革命を起こすバーチャルフェンス|スペイン
ここ10年でスペインの牧畜人口は半減し現在はわずか8万人程度と推定され、減少の一途を辿っている。そんな中、家畜用の目に見えない柵、Nofenceシステムにより、動物をいつでもどこでも監視できるメタバースと人工知能という2つのテクノロジーが、古くからある職業である牧畜に革命を起こしている。
Nofence技術は、2023年3月にサラゴサで開催されたFIGAN(スペインの主要な家畜見本市)で発表された。いつでもどこからでも動物を監視できるジオロケーションを備えた首輪で、牛・羊・山羊などの群れを制御する革新的な仮想フェンシングシステムだ。
この新しいツールを使用することで、農家は土地と動物の可能性を最大限に活用することができる。
放牧に革命を起こすバーチャルフェンス
著者:スペインgramフェロー 北田ミヤ
公開日:2024年06月18日
牧畜に伝統とテクノロジーを融合させる
2023年9月に開催されたEUオーガニックアワードで、マドリード北部でヤギ農場を経営しているクララ・ベニート・パチェコさんが「ベスト・サスティナブル・ファーマー」を受賞した。
彼女のプロジェクト「Entrelobas」は、モバイルアプリケーションを介して群れを制御することができるといった最新のテクノロジーを駆使し、牧畜の実践方法を変革した。農場では140頭のヤギからなる世界最大の有機・遠隔地ヤギ群を率いていて、ヤギたちは太陽エネルギーで充電されたGPS搭載の首輪を着用し、携帯電話の電波が届かない場所でも生活している。
このテクノロジーは、バーチャルフェンスを作成して警告音または低電力の電気インパルスを発してヤギを誘導、指定されたエリア内にとどまらせることが可能だ。
何世紀にもわたる伝統と革新的な技術を融合させた彼女のプロジェクトは、GPSシステムのおかげで群れの位置を特定する事に加え、土壌の再生、水分保持などより多くのCO2を捕捉できるようアプリからプログラムすることができる。さらに指示放牧を通して土壌の生物多様性の回復を促進させ、生態系を強化し、地域の多様性に貢献することもクララ・ベニートの目的のひとつであり、その理念もベスト・サスティナブル・ファーマーの受賞につながった。
スペインでは毎年深刻な森林火災が発生していて、今年に入り既に14000ヘクタール以上が焼失したというデータもある。現在このプロジェクトは、マドリードコミュニティの森林火災の予防・監視・消滅のための取り組みにも活用されている。ヤギ・羊・牛・馬など約20,000頭が参加し、火災の原因となる植物を消費、森林火災防止の先例を打ち立てた。
クララ・ベニートの遠隔操作放牧モデルは、イノベーションと持続可能性への取り組みの一例であるだけでなく、複雑な環境問題を解決し、地域社会の生活の質を向上させるためにテクノロジーをどのように使用できるかを具体的に示している。
(参考元:EU Organic Awards best organic female farmer Clara Pacheco
https://www.organicseurope.bio/news/where-tradition-meets-new-technologies-the-best-organic-farmer-clara-benito-pacheco/)
(参考元:Innovación y Sostenibilidad: El Pastoreo Telecontrolado de Clara Benito, un Modelo a Seguir en la Prevención de Incendios Forestales – Agronews
https://www.agronewscastillayleon.com/pastoreo-madrid-incendios)
(参考元:rtve.es
https://www.rtve.es/noticias/20240416/incendios-ultima-hora/16014106.shtml)
バーチャルフェンスの仕組み
3D仮想フェンスは、3次元技術を使用して、監視およびセキュリティシステムのために作成されるデジタル境界である。
Nofence技術は、太陽光発電のGPSデバイスと仮想境界を備えた動物の首輪に基づいている。首輪はモバイルネットワークを介して単純なアプリケーションと通信し、農家はNofenceアプリケーションからエリアを区切り、仮想フェンスを構築することができる。
「酪農家は動物に首輪を付け、モバイルアプリからスワイプするだけで放牧地を定義します。動物が定められた通路ゾーンの限界に近づくと、首輪が音を発し、動物はすぐに退散します。」と、NofenceのスペインセールスマネージャーであるRaúl Rituertoは言う。
この警告音は、低いピッチから始まり、動物がNofenceでマークされた線の外側にいる限り、徐々に増加するトーンスケールで構成されていて、音階全体が鳴り響くと、弱いながらも効果的な電気パルスが発生する。動物は音の警告と電気ショックとを関連付けて学習し、仮想フェンスに近づくのを避ける仕組みだ。
この最新ツールを使用すると、農家は動物の位置をリアルタイムで監視しながら、モバイルアプリケーションを介して仮想フェンスを移動するだけで、いつでも新鮮な牧草地の新しいエリアに動物がアクセスできるように促せる。これにより、農家は農業用の囲いを維持して新しい放牧地を有効にしたり、立入禁止区域を画定して不要な地域を閉鎖したりできる。同時に、インシデントが発生した場合はモバイルデバイスに通知を送信するアラートシステムも備わっている。
(参考元:Vallado virtual para revolucionar el pastoreo | Todas las noticias de Palencia
https://www.diariopalentino.es/Noticia/Z063D6E5E-C7A2-255E-88370CF2E5D1ED88/202304/Vallado-virtual-para-revolucionar-el-pastoreo)
世界の3Dバーチャルフェンス市場規模
世界の3Dバーチャルフェンス市場規模は、2023年に約34億5,000万米ドルに達した。市場は2024年から2032年の間に33%のCAGRで成長し、2032年には447億8,000万米ドルの価値に達すると予測されている。
バーチャルフェンスは、フェンスを通過したり触れたりする人や物体を検出することができるため、農業以外の場所でも定義された領域内の個人や物体の動きを監視および制御するために特に使用されている。モバイルアクセスや侵入者アラームなどの技術との統合は、ユーザーが携帯電話でライブカメラビューと即時侵入者アラートを受信できるため、3D仮想フェンス市場の成長を後押ししている。
物理的なフェンスとは対照的に、これらのシステムは大きなインフラの変更を必要とせず、簡単にアップグレードできるため、メンテナンスコストも大幅に削減される。3D仮想フェンスの費用対効果の高い性質はその利用を後押しするもうひとつの大きな要因といえるだろう。
中でも農業や家畜管理における3Dバーチャルフェンシングの利用は、設備投資の削減、労働効率の向上、過放牧の削減、収益性と生産性の向上によって注目が高まっており、今後の成長が期待されている。
(参考元:Global 3D Virtual Fence Market Outlook Source: https://www.expertmarketresearch.com/reports/3d-virtual-fence-market
https://www.expertmarketresearch.com/reports/3d-virtual-fence-market)
(参考元:3D Virtual Fence Market Size & Growth Report, Forecast to 2030
https://www.omrglobal.com/industry-reports/3d-virtual-fence-market)
まとめ
農業業界でかなりの用途を占めている、放牧を制御し、家畜を収容・監視し、牧草地を管理できるシステムは、3D仮想フェンシングの主要なアプリケーション分野の一部である。バーチャルフェンスは動物にやさしく、物理的な工事を必要としない上、ビデオ監視、アクセス制御、警報システムなど、他のセキュリティシステムと統合することができ、大変画期的な技術だといえる。
畜産農家や土地管理者にとっての最大のメリットは、物理的な柵が不要なため、経済的に大きな節約となり、時間管理の短縮により農家のワークライフバランスが向上する点と、林業の分野では、以前は物理的な柵のために通行できなかった場所に動物がアクセスできるようになり、森林の燃料負荷が軽減されるため、より持続可能な管理のための理想的なツールとなっている点であろう。
バーチャルフェンスは、牧草地や森林で動物が自由に餌を食べ、行動することができる新時代の「目には見えない柵」であり、大規模な放牧の未来にとって重要なツールとなっていくだろう。